亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


 目を見開いた第四王子を、女帝ガラナはゆっくりと瞬きをしながら見下ろす。

 ラグナ王国は、世界を席巻する大国であった。
 哺乳類族を頂点とする、強く激しい、烈火の如き獣人の国。

 それが崩壊し、これを野放しにするのであれば、世界は混乱と混沌の渦に巻き込まれる。
 君主のいない広い領土、激しい国民性、征服戦により蓄積された恨みは、周囲を巻き込み、すべてを衰退させていく。
 放置が下策であることは誰の目にもわかりやすい。

 一方で、この国を統治するために、多大なる労を要することは明白であった。

 ラグナ王国は、強く強靭な独裁体制をもって、これを制してきたのだ。
 次の国主も、この領土を同じ規模の国として立ち行かせるつもりであるならば、何か強い力が必要となる。

 そして、それは傍観を掲げるガルフォード帝国にはないものであった。

 広く厄介な国。
 その言葉が、女帝の考えを全て表している。

 話が違うと、目の前の黒の女帝を振り仰ぐ第四王子に向けて、大蛇はにたりと、口の端をゆがめる。

「故に、この地に国を作る。その国主と据えるは人族の者――緋色の一族としよう。そこな狼王子の望みどおりにな」

 大蛇が貴賓席に目を走らせると、金髪碧眼の若い男が頷き、席を立った。
 大蛇の横へと現れたその男は、まだ少年のようにも見える。
 深紅の衣装を身にまとい、緋色の一族の一人だというその男は、緋色の瞳は持っていない。

「しばしの間、この国は我らガルフォード帝国の属国とする。しかし、この国の行く末を決めるのは、国主となるこの男だ。ガルフォードは、ただ、それを見ていることとしよう」

 その言葉に、人々は大きくざわめいた。

 この地を治めると思われたガルフォード帝国の女帝は、すべてを隣に立つ若い男に投げた。
 彼ら民衆の行く先、広大な領土のあり方は、この年端も行かない少年に委ねられてしまったのだ。

 彼がどのような男で、何故ここに立っており、どのように国を治めるつもりなのか。

 何の情報もないことに、不安を隠せない様子の民衆に、男はふわりと、あどけない顔でほほ笑む。

「私はジルクリフ=フロル=シグネリア。人族であり、亡きシグネリア王国の王族である。私の国は先日、ラグナ王国に滅ぼされ、私自身もつい先日まで、第四王子の奴隷としてこの国に捕らわれていた身だ」

 民衆は目を剥いた。
 ラグナ王国によって奴隷に堕とされた人族が、国主となる。
 そこには恨みがあるはずだ。
 新しい国は、復讐と排除により始まるということだろうか。

「国を預かるに当たり、私は考えた。亡きラグナ王国をどのようにするべきか。獣人の国であったこの場所に、人族の国を作る。それが本当に正しいことなのか」

 第四王子は、背筋が凍るような、胃を握りつぶされるような思いで、話を聞いていた。

 獣人の席巻するこの世界に、人族の大国を造る。
 それが、レイファスの望みだった。そのためだけに、彼は命を賭したのだ。

 だというのに、最後の一手である目の前の少年が、すべてを覆しかねないことを言い出している。
 女王しかり、この少年しかり、一体、どういうつもりなのか。

「沢山の命が失われた。国が滅び、民族が、血が失われた。多くがラグナ王国の征服戦によるものだ。そして、その結果、ラグナ王国は滅びた。王族は、一人を残して絶え、ここに最後の一人が首を差し出している」

 レイファスが降り仰いだ先、金髪碧眼の新たなる国主は、目を細め、挑むような顔で彼を見ていた。

 レイファスはここでようやく、緋色の一族の王子が、本気で彼の計画から外れる動きをしていることに気がついた。
 しかし、その行き先が見えない。
 焦りで、手元の手錠が大きく音を立てる。

「第四王子レイファス=ヴィオ=ラグナ。ラグナ王国の槍として、各国を滅ぼしてきた暴虐の狼王子。彼の処遇は、今後のこの国の指針に大きく影響することだろう。そこで皆に問う!」

 もはや民衆は静まり返っている。

 この少年は――新たなる彼らの王は、何かを成そうとしている。
 その碧い瞳には、確信がある。
 これから彼らを導く若き王は、一体何を望んでいるのだろう。

「この狼王子は、自身の処刑を望んでいる。ラグナ王国の戦槍、そして王国を滅ぼした謀反人。これの処罰に、如何なる意味を持たせるのか。本人が死を望むのであれば、それを執行するはやぶさかではないが――意見のある者が居るならば、この場で名乗り出るがいい!」
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