亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 誰も動かなかった。

 ラグナ王国の民は、動けなかった。
 狼王子の罪は、彼らの罪でもあるからだ。征服を続けた独裁国家ラグナ。彼らはその戦勝に酔いしれ、旨みを享受してきた。

 彼に滅ぼされた国の民もまた、動けなかった。
 国を滅ぼされた憎しみはある。恨みもある。しかし、その恨みを晴らし、ラグナ王国を滅ぼしたのもまた、この第四王子なのだ。彼らの手で成し得なかったことを、この狼が実現した。そして何より、この第四王子は、自身の処刑を望んでいる。そこに透けて見える想いに、彼らは動くことができない。

 他国の者達は、なおさら動けなかった。
 これは、当事者でない彼らが決めることではないからだ。新たな国の命運がどうなるのか、彼らには見守ることしかできない。

「――私が」

 そこで、立ち上がった者がいた。

 長く艶やかな金髪が美しい乙女だった。
 緋色の瞳は、彼女が緋色の一族の一人であることを示している。貴賓席に座していた彼女は、真紅の――第四王子の髪と同じ、燃えるような赤色のドレスを身にまとっている。

 彼女はその場で立ち上がると、長いまつげをに彩られた緋色の瞳で、処刑を待つ第四王子を見た。
 困惑を浮かべた青色と目が合い、緋色はふと、目を細める。

「私はシルフィリア=フロル=シグネリア。新国王陛下――どうか私に、この者を」

 一体、何を言い出すのか。
 何をしようというのか。

 言葉もなく、ただ焦りと拒絶を見せる第四王子に、彼女はためらわない。

「私の誕生日の贈りものに、この者をください!」

 その言葉は、民衆の記憶にも残っていた。
 かつて、第四王子が国王ラザックに奏上した際の言だ。
 今まさに処刑されようとしていた緋色の瞳の彼女を手に入れるために発したもの。

 新国王となる少年は、緋色の瞳の姫君に向かって問いかける。

「それは、復讐のために?」
「そうです」

 揺るがぬその声音に、大衆はどよめいた。

 これから国を導いていくであろう緋色の一族は、やはりラグナ王国を恨んでいるのだ。
 獣人を憎み、蔑み、今後は人族の理屈でこの国を支配していくのだろう。

 青ざめるラグナ王国の民、複雑な顔をする亡国の者達の視線を受けながら、シルフィリアはレイファスを見た。青い瞳が、彼女をただ、静かに見ている。
 そこにある変わらぬ諦観の色に、緋色の瞳の姫君はふわりと微笑んだ。

 その屈託のない微笑みに、第四王子が息を呑んだところで、彼女は広場に集まった者達を見た。

「皆に聞いてほしいことがあります。――アリア」
「はい」

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