亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 そこに呼ばれたのは、リスの獣人の侍女であった。
 何事が始まるのかと、静まり返り、耳を立てる民衆の前で、アリアは訴える。

 若き第四王子が何故戦に駆り出されていたのか。
 育ての伯父を人質に取られたこと、戦に出るよう、国王ラザックに強要されたこと。――アリアの言を受けて、最速でことを済ませるようになったこと。

「レイファス殿下がそのようにされるまで、ラグナ王国の征服戦は、ひどい有様でした。そこには焦土と、散々になぶられた屍しか残らなかった。捕虜達も、まともに扱われたことなんてない。それは、周辺国の皆さんが、誰よりもよく知っているはずです!」

 指し示された者達は、皆一様に身を固まらせた。

 レイファスが戦略に手を出し始める以前に国を滅ぼされた者達は、アリアの言を、誰よりもよくわかっていた。口元を抑え、嗚咽する者も居る。凄惨であったラグナ王国の攻め方が変わったことを、その理由が何なのか、彼らは身に沁みて知っているのだ。

 レイファスによって国を滅ぼされた者達も、気がついていた。ラグナ王国の槍、暴虐の狼王子を誰もが恐れ、敵わないと思いながらも、彼が捕虜を大切に扱い、兵以外の者に手を出すことを決して許さないことを知っていたのだ。他の王子と共に攻め入ってきた場合、誰もが第四王子の陣へと逃げ込んでいた。
 彼は、必要最低限を超える殺しを、暴力を、決して許さなかったから。

 泣きながら訴えるアリアに、シルフィリアは下がるように命じると、次の証人を呼ぶ。

「皆、こちらへ」
「はい」

 そこに現れたのは、女達、子ども達だった。
 様々な種族の、見目麗しく若い雛達。彼らは、広場の者から見えるよう、貴賓席にいるシルフィリアの周りに集まってきた。

 最初に気がついたのは、どの亡国の民であっただろうか。

 彼らは、レイファスによって滅ぼされた国の王族の子ども達であった。
 血が絶えたとされる自分達の祖国の王族の姿に、名を呼ぶ声が次々に上がり、喝采が沸く。

「サヴィリア、お願い」
「謹んで」

 金髪に紫色の瞳をした少女は、優雅なカーテシーを見せると、緋色の瞳の姫君の横で話し始めた。

 彼女の名は、サヴィリア=フロル=シグネリア。
 シグネリア王国が滅びたあの日、レイファスによって――保護された者。

「レイファス殿下はあの日、私達に言いました。自力で逃げるか、――姉信じて待つか、この場で選べと」

 王族の女子ども達は、全員がレイファスにそう尋ねられていた。

 レイファスは元より、緋色の一族を手にするつもりであった。
 その治癒の力は、いつの世代の誰が発現させるのか、彼にもわからない。
 それでも待つかと問われ、今この場に現れた全員が、待つことを選んだ。

「私達は、彼に国を奪われました。家族を奪われました。――けれど、彼は私達の命を救ってくれた。そのことだけは、忘れないでほしいのです」

 それだけ言うと、サヴィリアは身を引いた。
 貴賓席に上がった女子ども達も、頭を下げ、その場から降りる。

 残ったのは、元々その場にいたガルフォード帝国の貴族達と、シルフィリアである。

 緋色の瞳の姫君は、広場に集まった民衆と向かいあう。
 彼らは、姫君の言葉を待っていた。
 そこには、先ほどまでの不安も、恐怖もなく、ただ、彼らを導くであろうそれに耳を澄ませている。

「私は、報いたいのです。与えられたものを返したい。彼からもらったものは沢山あります。そしてそれは、恩義だけではないことも、わかっています」

 国を滅ぼされた。
 一言で済むそれには、多くの苦しみと苦難、恨みが含まれている。
 理由があったとしても、仕方がなかったとしても、それはただ、漫然と許せることではないのだ。

 それをしてはならないと、シルフィリアは思う。

 権力を持つ者の寵愛で、恣意的な選択をもって許してはならないのだ。
 それは、シルフィリアとジルクリフが作りたい世界の理屈ではない。
 彼が、シルフィリア達の作る国に裁かれたいというのであれば、そこには罰が伴う。

 壇上、黒の女帝の隣に立つ弟は、シルフィリアに問いかける。

「それでは、どうすると。このまま第四王子を姉上のものとするは、彼を罰もなく許すことになるのでは?」
「――ですから、彼を奴隷に」

 断頭台近くに居る彼の青い瞳が、驚きの色をたたえた。

 それでいいのだと、シルフィリアは思った。
 嘘つき狼の思いどおりになど行かせない。
 処刑を望み、命を絶ち、すべて終わらせたつもりになるなど、そんな勝手は許さない。

「奴隷に身を堕とした彼を、私に下さい。それが、私が考える彼の処遇です!」

 会場は大きくどよめいた。
 奴隷に堕とすだけで済ませるのかと言う声、それも不用なのではと疑う者、本人が望むなら殺してしまうべきだという叫び、様々な思いが宙を飛び交う。

 しかし、誰よりもシルフィリアの提言を拒絶したのは、当人である第四王子であった。
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