亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


 名を呼ばれたことが、信じられなかった。
 聞こえた声は、幻のように感じられて、それが現実だと信じたいが故に、その声がしたほうを振り向くことができない。

「もういいんだ、レイファス」

 目頭が熱くなり、涙が零れ落ちる。

 だって、居るはずがないのだ。
 その人は、父に捕らわれていて、きっともう、殺されてしまっていると、そう思っていた。
 父がレイファスの大切なものを、壊さずにしまっておくとは思えなかったから。

 二度聞こえた声に、レイファスは震えながら、ゆっくりと顔を上げる。

 もう会えるはずのないその人は、貴賓席の壇上に上がる階段付近に立っていた。
 白く長い髪に、青色の瞳をした壮年の男。
 笑顔が苦手だと自分でも言っていた彼は、レイファスが見た限り、今までで一番の微笑みを見せている。

 今すぐに消えてしまうのではないかと、怖くて名前を呼ぶこともできない狼王子に、彼は微笑みを絶やさない。
 責めるのではなく、寄り添った笑顔で、彼の甥を呼んでいる。

「すべては聞いたよ。お前が何をして、何を望み、どうしてここに居るのか」
「……私は」
「ここで終わらせるのは、とても楽なことだ」

 彼は――ニーズヘッグ=ニルヴァールは、穏やかな低い声で、小さな狼を諭すように話し出す。

「お前をここで処刑する。人族だけの国を創る。それはとても単純で、簡単でわかりやすい。しかし、人はそのように白黒つけられるものではないんだ。レイファス、お前の存在がそうであるようにね」

 狼の獣人であるレイファス。
 獣人の欲望を尊ぶラグナ王国の第四王子であり、欲に振り回されながらも、誰よりも人としての愛を求めてきた。
 ラグナ王国の戦槍として周辺諸国を蹂躙する一方で、それを凄惨なものにしないよう配慮してきた。
 自らの望みのためにシグネリア王国を滅ぼし、そのことは、少数民族の王族の女子どもを救うことに繋がった。

「そして、どのような国を創るのかは、緋色の一族に委ねられている。お前が選び、そして託した者達を、信じてあげなさい」

 涙を落とし、言葉もない甥に、育ての親である伯父ニーズヘッグは目を細め、そして新たなる国王に顔を向けた。

 それを見た新国王は、ようやく話が付いたかと肩をすくめる。
 そして居住まいを正し、姉をちらりと横目で見た後、改めてレイファスに向き直った。 

「レイファス。ラグナ王国を滅ぼしたお前は、新国を打ち立てる英雄となるのではなく、緋色の一族の治める国に裁かれることを選んだ。故に我らは、幾多の功績あるお前を裁かねばならぬ。そして、我らの理屈で裁くべき罪、国に強要されたものではなく、お前自身が選び取ったがあるとしたら、それは一つだろう」

 シグネリア王国に攻め入るよう、進言したこと。
 それは、緋色の一族が治める国で、なんの贖罪もなく許されるものではない。

 先ほどまでと違い、おとなしく耳を傾ける赤髪の王子に、ジルクリフは目を細める。

「私はお前を、奴隷に堕とすこととする。お前はこの国が在る限り、生涯、最下層の身分の者として生きるのだ。財を持つことを許されず、お前を従える主人が存在し、主人の命にそむくことは国が許さない。――そうして、生きて、お前が私達に預けた国の行く先を見届けるんだ、レイファス」

 見開かれた青い瞳に、ジルクリフは満足げに頷くと、広場の民衆と向かい合った。
 彼らは、新たなる国王の宣旨を待っている。

「私は人族だ。けれども、人族だけの国は作らない。ラグナ王国のようにもならない。目指すべきは、人間として生きることができる国。人族も、獣人も、すべて人間だ。言葉を交わし、触れ、共に生きることができる」

< 97 / 102 >

この作品をシェア

pagetop