亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

2 エピローグ


「いや、本当、上手くいってよかったよ」

 王宮の執務室にて、国の主となったばかりの少年は、協議机の上座に着きながら、青ざめた顔で脱力していた。
 金髪碧眼の見目麗しい少年、ジルクリフだ。右隣に座する黒の女帝は、その様子に苦笑している。

「そなた、十四歳であったか。まこと、よい立ち回りであった。見上げた胆力よの」
「胆力は、使い果たして消え去ったかもしれません。まだ十四歳なので」
「ここで急に甘えてくるとは、そなたは本当に、人の心がわかっておる」

 黒の女帝は、優しくほほ笑みながらジルクリフの頭を撫でた。それをジルクリフは嬉しそうに受け入れていて、周囲の者達はその関係性に内心首をかしげつつも、この二人の仲がいいにこしたことはないので、皆一様に口を閉ざしている。

「それにしてもさあ」

 まだ少年の新国王陛下が壁のほうに目を向けたので、その場に居る者は皆、そちらのほうに目を向けた。
 壁の端には、赤髪の奴隷の青年が立っていた。先ほどまで王子であった彼は、机に着くように言われたにもかかわらず、壁に埋まりそうなくらいの壁際すれすれに位置し、動かないのだ。

「レイファス。本当にこっちに来ないの?」
「私は奴隷ですので」
「いいって言ってるのに」
「貴賓の皆様がいらっしゃる場に、最下層の身分の私が存在するという大罪に手を染めることなどできません」
「また自虐的なことを言い出したよ。ねえ、姉さん」
「――レイファス」

 鈴の音が鳴るような声が、彼を呼ぶと、赤髪の奴隷はびくりと体を強張らせた。

 今、この場に居るのは、黒の女帝をはじめとするガルフォード帝国の官僚達、ジルクリフに、当然ながらその姉シルフィリアも同席している。
 そして、それだけではなく、亡きラグナ王国でレイファスの側近をしていた官僚達、ガルフォード帝国諜報員のトールズ=トルック、そして、復活したばかりのニーズヘッグ=ニルヴァールも席に座していた。
 錚々たる顔ぶれの中、ジルクリフの左隣に座る緋色の瞳の王女は、彼女の奴隷に呼びかける。

「こっちに来て、座ってくれる?」

 彼女の奴隷は、何度もシルフィリアとその周りの者達を見た後、諦めたような顔をして、ゆっくりと主人のほうに近づいてきた。
 その、あまりにも嫌そうなそぶりに、シルフィリアは心許なさそうに眉尻を下げる。

 そのぎこちないやり取りを見て、苦笑したニーズヘッグが、口を挟んだ。

「ほら、レイファス。お前の主人の言うとおりだ。ちゃんとこちらに来なさい」
「はい」

 素直に頷き、流れるような仕草で楚々と伯父の近くへとやって来た甥っ子狼に、呼びかけたニーズヘッグは目を丸くした。
 その光景を見た周囲の者も唖然とし、奴隷の主人である緋色の瞳の王女は、悔しそうに頬を膨らませている。

 ジルクリフは、ほらみたことかとその場でトールズに話しかけた。


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