鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。

10.鑑定士のおやつ作り。

 街で偶然行き倒れた大魔導師を拾ったら、何故かうどんをご馳走する羽目になり、そしてそのまま王城に連行され、あれよあれよといううちにロキの世話係に任命されてしまい現在に至る。
 まぁ世話係と行ってもほとんどこの研究所に引きこもっているロキにすることなんて毎日ごはんを食べさせるくらいなのだが。

「味覚過敏症、ねぇ」

 ロキがこの世界の食事を食べられない理由がそれだった。
 この世界には食事を楽しむという文化がない。食事はエネルギー摂取さえできればいいので、味は二の次、三の次。効率的にエネルギー摂取できる食事が好まれる。
 貴族では優雅に食べることもステータスなので複数品が出てくるが、食文化が育ってないのでまぁ、絶妙に残念な調理方法を果て、微妙なお味のお皿が並ぶ食卓となっているのが今のこの国の実情だった。
 が、それが当たり前なので誰も気にしない。
 ところが、ロキのように高魔力所持者で複数魔法属性のある魔術師には感覚過敏の症状が出る者がいるらしい。ロキの場合は味覚、だった。
 しかもロキレベルで複属性適応者は稀な存在。普通の過敏症レベルの治療では効かず、あまりの不味さにほぼ口から食事を摂取できずにいた。
 食事を取らなくてはいくら大魔導師とはいえ死んでしまう。
 遂に倒れてしまったというのに、意地でも食事をしようとせず、逃走を図ったり立てこもったりするロキにほとほと手を焼いていたところ、怪しげな女の手料理を食べた上にロキがおかわりを欲した。
 まるで奇跡のような光景に、これは絶対逃すまいと誓った王太子によって囲われてしまったのが今のマーガレットの現状である。

「まぁ、あの短時間で名乗ってもいないのに身分と伯爵家について調べられちゃう人間相手に逃げ切れるとは思えないしね」

 鑑定スキル入らずと苦笑すれば、

『マーガレットが逃げ切れる確率0%』

 空中に画面表示が浮かぶ。

「いいよもう。私、長いモノには巻かれる事にしてるから」

 どのみちどこかに就職しなくては、と思っていた。むしろ高待遇で雇ってもらえてありがたいくらいだ。
 話を聞いたときは正直驚いたし、マーガレットから言わせれば、国民全員味覚死んでる方がやばくない!? と思うのだが、世界が違えば常識も違うと言われればそれまで。
 異世界グルメは諦めて手堅く自分の食生活を充実させる方針に切り替えた。
 とはいえ、魔力適性がなく生活魔法が使えないマーガレットはこの世界ではまともに調理ができない。
 今でこそマーガレット専用のキッチンにいくつか使える特注の調理器具があるが、それもロキの魔力を原動力としている。
 マーガレットが美味しいごはんにありつくにはロキの能力を借りる必要があるわけで。
 つまり、利害が一致したわけだ。
 どんな魔法でもかけられるロキの存在はマーガレットにとって最強の調理器具(キッチンマルチツール)といっても過言ではない。

「さて、と。本日のおやつはどうしましょう」

 とマーガレットがつぶやいた時だった。
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