鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。
「マーガレット、大変なの!」

「どうしたの、サリー」

 飛び込んで来たのはこの魔術研究所勤務魔術師見習いのサリー。
 14才の彼女の服装は昔アニメで見た魔法少女そのもので、めちゃくちゃ可愛い。

「大魔導師様がっ!」

「あーうん、察した」

「まだ一言しか言ってないんだけど?」

「サリー。いい事教えてあげてるわ」

 ふっと諦めたような遠い目で乾いた微笑みを浮かべたマーガレットは、

「大魔導師様が、の後に続く言葉はね。トラブルかトラブルかトラブルかトラブルしかないのよ!」

 力の限り真理を叫ぶ。
 本日のおやつ決定とつぶやいたマーガレットは、すぐには現場に向かわずトンッと銀色をしたシェイカーのような容器を取り出す。

「ねぇ、マーガレット。何をしているの?」

 早く向かわないと、と急かすサリー。

「まぁ、お待ちになって。大魔導師様は丸腰で行って勝てる相手じゃないでしょ」

 全く動じないマーガレットは、容器に甘ーいミルクティーとゼラチンを入れる。

「さて、ロキ様(大魔王)を討伐に行きましょうか」

 シェーカーをふりふりしながら、不敵に笑う。

「いや、大魔導師様だけど」

 そう言ったサリーのつぶやきをスルーしたマーガレットは騒がしい方に歩いていった。

**
「……さむっ」

 曲がり角を曲がった先の廊下は冷え冷えとした空気が漂っていた。
 上着を羽織って来なかったことを後悔しつつマーガレットはドアを開ける。
 
「お前たち。一体、何をしたか分かっているんだろうなぁ」

 部屋に辿り着いた瞬間、ロキの冷ややかな声が聞こえた。
 声だけではない、部屋全体が凍りついていた。
 比喩ではなく、現実の出来事として。
 最近のロキはまともに食事を取っているため随分顔色もよくなり絶好調。そのため感情が昂っただけで魔力がロキから溢れ出し、それは勝手に魔法を構築し周囲に影響を与える。

「ひぃ、も、申しわけ」

「お許しを」

 何でこの人達がロキに怒られているのかは知らないが、マーガレットが思うのは一つだけ。

「しまったー! こんなに冷たいならアイスクリームにすれば良かった」

 読み違えたかと悔しそうに言いつつ、マーガレットは部屋の冷気で持参した容器を冷やす。

「アイス……クリーム……」

 お怒りモードだったロキがそのままの声音でぼそっとマーガレットの言葉を繰り返す。

「は、また今度ということで。ちなみに本日のおやつは"絶対零度の大魔王お怒り紅茶ゼリー。生クリームがけ"。器にうつして完成です」

 じゃんっと効果音付きでマーガレットは濃紺ミルクティーゼリーをロキの前に差し出し、仕上げにとろっと生クリームをかける。
 涼しげなガラスの器に盛られたゼリーに釘付けになったロキから急速に怒気が引いていく。

「何なんだよ。毎度毎度その妙なタイトルは」

「何、って……雰囲気?」

 ファンタジー感出るかなってとマーガレットは悪びれることなくそういった。
 異世界グルメは諦めた。使っているのもごくごく普通の材料。でもまぁ調理の過程でロキ(大魔導師)を使っているので、せめて雰囲気だけでも異世界っぽくしてみているのだが。

『マーガレット:命名センスゼロ』

「お黙りなさいな」

 意地でもやめないわよとディスプレイに宣言したマーガレットは、

「大魔導師様も、文句あるならコレ食べちゃいますよ」

 これ以上冷やすと食感変わるしと暗に魔法を収めろと告げる。

「ダメだ! マーガレットの作ったものは全部俺のモノだ」

 ロキがそう言った瞬間、マーガレットの手からゼリーの器が消え、それはふわりと浮いてロキの手に収まった。
 そのままロキは無言で紅茶ゼリーを食す。
 美味しいかどうかは聞かなくてもわかる。幸せそうにゼリーを頬張るロキとあっという間に戻った部屋が何より雄弁に物語っていた。
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