鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。

11.鑑定士とデートの約束。

 すっかり元に戻ったロキはマーガレットを部屋に送るため彼女と並んで廊下を歩く。

「で、なんであんなに怒っていたんです?」

 とても機嫌が良さそうだとロキを盗み見たマーガレットは、ロキに尋ねる。

「あいつら、ヒトが丹精込めて温度管理してた天然酵母をダメにしやがった」

「……は?」

「りんごの酵母。守りきれず済まない」

 ロキには酵母がきちんと育つようにヨーグルトメーカーよろしく温度管理を依頼していた。
 だからと言ってそんなこの世の終わりみたいな顔で謝らなくても、とか。
 それだけのことで部屋全体を凍らせたの? とか。
 思わなくはない。
 ないのだが。

「それは……キレても仕方ない。うん」

 とマーガレットは酵母を仕込んでいる時からとても楽しみにしていたロキを思い出し、擁護する。
 ロキが何かをまともに食べられるようになったのはごく最近の出来事で。
 誰にもわかってもらえない症状で、きっとずっと苦しんで来たのだ、と知っているから。

「食べ物の恨みは恐ろしい、っていいますからね」

 マーガレットは強くはロキを怒れない。

「でも、ヒトを呪わば穴2つともいいますし」

「なんだ、それ?」

「自分の行ないは自分に返ってくる、ってこと。だから、そんなに怒らなくてもいいですよ」

 たまには許してあげる寛容さも必要ですよとたしなめて。

「酵母はまた作ればいいだけです」

 温度管理さえできれば、そんなに難しくないですしとマーガレット笑う。

「心配しなくても、みんな私の作る手間ひまかけた料理なんて興味ないですから」

 この世界での食事は効率重視。
 パンを焼く前段階に何日もかけて酵母を作るなんて考えられないような、そんな世界でロキだけがマーガレットの作るごはんを心待ちにしてくれている。
 何だかそれがとてもくすぐったくて、心が温かくなる。

「世界中の美味しいご飯2人占め。それってなんだかとっても贅沢だと思いません?」

 マーガレットはロキの腕を引き、

「まぁだから。ロキ様は私が美味しい料理を作れるように、せいぜい万能調理器具(キッチンマルチツール)の役割を果たしてくださいな」

 毒をばら撒いたり、部屋を氷漬けにしたり、するんじゃなくてと屈託なく笑う。
 マーガレットの琥珀色の瞳を見ながら、

「世界で一番の魔術師を捕まえて、調理器具扱いするなんてマーガレットぐらいなものだぞ」

 ロキは苦笑する。

「あら? ロキ様の使い道なんて他にあります?」

 とマーガレットは笑いかける。 
 大魔導師であるロキを前にしても、無駄に敬うことも、過度に萎縮することもなく、いつだって自然体で接してくれるマーガレット。
 そんな風に扱われるのは新鮮で、くるくると表情の変わる彼女をいつまでも見ていたくなる。

 そんな彼女の頬に指先を伸ばし、そっと触れると

「なぁ、マーガレット。欲しいものは、何かないか?」
 
 優しくそう尋ねた。

「花でも、宝石でも、ドレスでも。マーガレットが望むものなら何でも、用意する」

 感謝している、と珍しく殊勝な態度でそう言ったロキの微笑みに当てられ、顔が赤くなるマーガレット。

「べ、別に。ごはん作るの、好きだし。仕事ですし」

「日ごろの礼に、何かを贈るくらいいいだろう?」

 もしくは酵母の詫びということで、とロキは微笑む。
 無駄に顔がいいな、と距離の近さにドギマギしつつ、マーガレットは欲しいものを考える。
 美味しいごはんが食べられる以上の幸せなんて、と思いを巡らせたマーガレットは小さく声を上げる。

「ベーキングパウダー。ベーキングパウダーが欲しいです!」

「何だそれは」

「白い粉! ふわっふわのお菓子が作れます! パンケーキとか」

 ベーキングパウダーが手に入ったらお菓子の幅が広がるとあれもこれも作って食べたいとマーガレットはニヤニヤ笑う。

「また白い粉。分かった。じゃあ、明日開けとけ」

「へ?」

「一番栄えてる輸入品を扱ってる市場に行けば、見つかるかもしれないだろ」

 朝一で迎えに行く。
 と言ったロキはマーガレットの髪をくしゃっと撫で、マーガレットの手をとってその甲にキスを落として去っていった。

「!? な、なんなのよ」

 これが異世界文化なの!? と突然の出来事に動揺し、琥珀色の瞳を瞬かせたマーガレットに、

『波乱の予感!』

 というディスプレイが浮かぶ。

「変なフラグ立てないで頂戴」

 鑑定スキル(アイ)のおかげで冷静になったマーガレットは、まるでデートみたいじゃないと浮かんだ思考に首を振り明日に備える事にした。
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