鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。

2.鑑定士と婚約破棄。

 ゆっくりと意識が浮上する。暗闇から無理矢理意識を引き上げられるような気怠さを引き連れて、一気に視界が開けた。
 覚醒したその瞳にまず映ったのは自分に向けられた不躾な視線を向ける人々。

「マーガレット。君には本当に申し訳ないと思っている」

 マーガレット? と首を傾げ目を瞬いた彼女は視線を自分の指先に向ける。
 爪の先まで整えられた美しい指と手首に嵌められたつけたことのないどう見ても高価なブレスレット。そのまま視線を流せばブルーパープルの清楚なドレスとそれに合わせた上品な靴が目に入る。

「マーガレット聞いて欲しい。君に非はないが、私は真実の愛を見つけてしまったんだ」

 そう言って話しかけてくる男性の側にはぴったりと寄り添う妖艶な女性。彼の腕に手を絡ませる得意げな顔には悪びれる様子はまるでない。
 ふむ、と状況を整理する。自分の事をマーガレットと呼ぶその人と直接会うのは初めてだが、代理人から話は聞いている。おそらく、というか間違いなく彼が元のマーガレットの悩みの種、どうしようもない婚約者リカルド・クレバー侯爵令息だ。

「リカルド様。何をおっしゃっりたいのか、もう少し具体的に言っていただけませんか?」

 彼女は観衆の好奇の視線に辟易しつつ婚約者の名を呼び、存分に呆れと苛立ちを滲ませてそう尋ねる。

「は?」

「ですから、リカルド様が何をおっしゃっているのか私には理解できません、と申しております」

 マーガレットと彼女の実家であるエヴァンス伯爵家の品位を落としたくないので、出来るだけ丁寧な言葉遣いで話しているが、心情を素直に表現するなら"人語で話せ、この碌でなし"である。
 そもそも婚約者を差し置いて夜会に他の女と来るなど神経を疑うし、本当にマーガレットに申し訳ないと思っているのかすら怪しい。
 元のマーガレットならこんな場面でもにこやかに笑って優しく諌めるのだろうが、あいにくと今対峙している自分としては彼は初対面な上に赤の他人なので優しくする気などさらさらない。

「だから! 私は彼女を愛しているんだ」

「で?」

 普段のマーガレットとは異なる反応にたじろいだ婚約者に畳み掛けるように冷たい視線を投げかける。

「……で、って」

 動揺するその顔を見ながら彼女はにこやかに笑う。生憎と今は私がマーガレット・エヴァンスよと心の中でつぶやきながら。

「ではもう少し言葉を足してあげます。愛しているから? それで? だから、何だというのですか?」

 言外にはっきり言えよと促せば、リカルドは絶句し、その後顔を赤らめ怒りの表情を浮かべる。

「なんだ、その態度は! やはり君は普段から私の事をバカにしていたのだろう」

 いや。
 いやいやいやいや。
 堂々と浮気しておいて何を言ってるんだコイツ、と頭が痛くなるが相手は格上の家柄なのでマーガレットはとりあえず沈黙し事態を見守ることにする。
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