鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。
「まったく、普段から君には可愛げというものがまるでなかった。いつも取り澄ました表情で正論を述べ息が詰まる。その点、ミリアと言ったら」

 そう言ってリカルドは侍らせている美女(ミリアというらしい)がいかに素晴らしい女性であるかを演説し始める。
 一体何の茶番だ、コレは。
 代理人から話は聞いてはいたが、実際に目の当たりにすれば想像以上に酷い。
 あーハイハイ。と聞くのも馬鹿らしくなって流していると。

「素直に聞き入れれば第二夫人にでもしてやろうと思っていたが、もういい。君とはやっていけない」

 その言葉を聞き、マーガレットは大きく目を見開いてゆっくりと瞬く。

「やっていけない、って」

「君との婚約は破棄させてもらう」

 ニヤリと笑い、まるで切り札のようにリカルドはそう高らかと宣言した。

「婚約、破棄」

「そうだ。婚約破棄だ。後悔してももう遅い。が、マーガレットが心から反省するなら」

「承知いたしました」

 パチンと扇子で手を打ってにこやかな笑みを浮かべたマーガレットは、

「それがリカルド様のご意向とあらば従いましょう」

 マーガレットはリカルドの言葉を遮り食い気味に婚約破棄を了承する。

「……本気か?」

「ええ、勿論。次期侯爵様のご意向ですもの。仕方がありませんわ」

 殊勝な態度を示してみるが、内心では婚約破棄頂きましたーー!! と歓喜する。
 マーガレットに憑依して早々に悩み事から解放されるなんて、嬉しくて顔がにやけてしまいそうだ。

「婚約破棄による契約不履行の話し合いは後々行うとして、とりあえず婚約破棄の書類にサインをお願いいたします。今すぐに」

 そう言ったマーガレットは羽ペンと書類を持って来させサインをどうぞとリカルドに畳み掛ける。
 自分で高らかに宣言した手前引っ込みがつかなくなったリカルドは何か言いたげにマーガレットを見た後、後悔しても知らないからなと捨て台詞を吐いて乱暴にサインした。
 書類に不備がない事を確認したマーガレットは満足気にクルクルとそれを丸めて、大事そうに抱えると優雅にカーテシーをしてみせる。
 それはやってみたことのない動作だったのだが、身体が覚えているようで息をするようにとても自然にできた。
 では、これでと立ち去りかけたマーガレットはリカルドを振り返る。

「あ、そうだ。お伝えしたい事がありました」

「なんだ、今更取り消したいと言っても」

「いえ、そうではなくて」

 こちらは今すぐ提出しますのでご心配なく、と全否定したマーガレットは、

「あなたのお隣にいる真実の愛とやらのお相手、結婚詐欺師ですよ」

 ではお幸せに、とにこやかに爆弾を投下して優雅な動作で会場から去っていった。
 これが彼女がマーガレット・エヴァンスになった日の出来事の全貌である。
< 4 / 24 >

この作品をシェア

pagetop