鑑定士マーガレット・エヴァンスは溺愛よりも美味しいごはんを所望する。
「……まずっ」

 思わず口をついて出た言葉に2人分の視線が集まる。

「は?」

「え?」

「あ、いえ。申し訳ありません」

 この世界ではこれが当たり前で、自分の味覚がおかしいのかもしれない。
 だけど、口にするもの全部が全部美味しくないのだ。

(マーガレットの身体なら、こちらの世界の味覚に慣れてそうなものだけど)

 とにかくこれは由々しき事態だ。
 前の世界でも食べる事を楽しみに生きていたと言っても過言ではないマーガレットにとって、毎日の食事が美味しくないだなんて死活問題。
 異世界を生き抜くためには早々に食事情の改善が必要だ。

(別に自分の食べる分だけなんとかできればいいし、鑑定スキルがあればきっとなんとかなるでしょ)

 というわけで、せっかく手にした自由をみすみす手放してやるつもりはない。

「ご心配にはおよびませんわ、お父様」

 マーガレットはにっこりと微笑むと、

「全て私の方で整えておきましたので」

 そう宣言すると静かに立ち上がる。
 そのタイミングで沢山の足音が鳴り響き乱暴にドアが開く。

「な、なんだ! 貴様ら」

「エヴァンス伯爵。あなたに脱税の疑惑がかかっております」

 改めさせて頂きます、と淡々とした口調で監査官が捜査許可証を提示する。

「どういう事だ、マーガレット!」

 顔を真っ赤にしたオーノスが怒鳴り声とともに睨みつけてくる。

「どうもこうも、国民の義務を果たしただけですが?」

 匿名で通報した意味がないじゃない、と思いながらマーガレットはしれっとそう告げる。

「こんな事をして、エヴァンス伯爵家が没落でもしたら」

 なら愛人に貢いだりギャンブルするために脱税したり借金したりするなよと呆れながら、

「お父様。いえオーノス様、ですね。あなたはそもそもエヴァンス伯爵の位を継承する資格をお待ちではないではありませんか。他家の事などどうぞ心配なさらないで?」

 マーガレットは書類をテーブルに置く。

「私とも血縁関係にない事ですし、この辺で一旦関係を綺麗に清算いたしましょう?」

 マーガレットが取り出したのは血縁鑑定申込書。教会に申込むため書類の準備はすでに済んでいる。

「あなたを詐欺罪で告訴します。というわけで、親子鑑定にご協力を」

 あとは本人から採取した血液サンプルさえあればいい。
 もっとも教会で神聖具にかけてもらうまでもなく鑑定の使えるマーガレットとマーガレットの実母を丸め込み伯爵の座に収まった当人、2人にはどんな結果が出るのかわかりきっているけれど。
 オーノスからエヴァンス伯爵位を取り上げる以上第三者による証明は大事だ。
 そして嫌疑がかけられたオーノスに拒否権はない。

「じゃ、やっちゃってくださいな」

 あとよろしく、とマーガレットはパチンと両手を頬の横で叩き、GOサインを出す。

「それでは捜査と差押えを開始します」

 黒スーツ集団は容赦なく屋敷内を改めながら差し押さえの札を貼って行く。
 その騒動に乗じてマーガレットは堂々と屋敷を出て行った。
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