どちらが先に愛したのか、そんなことはどうでもいい

後編

「ついに、本当の意味で結ばれる夜が来たね。今日はお前を全部、俺のものにしよう」
 
 スチュアートは、持ち上げた花の精の足指を一本ずつ丁寧にしゃぶりながら、己の勃起した肉棒を白くて柔い太ももや尻に擦りつける。
 早くも透明な液を滴らせているが、交わりを渇求しているのはスチュアートだけではない。
 
「昨日がとても良かったみたいだ。期待して、ここから蜜がこぼれてきている」
「あ、そこ……いい、ん、もっと……触って」

 亀頭で花壺を突くと、花の精のふっくらした襞がスチュアートを招き入れるように花開いた。
 導きに従い先の丸みを埋めてやれば、横臥した花の精は鼻にかかった嬌声をあげる。
 大丈夫そうだと判断して、スチュアートは肉棒を全て埋め込み、腰を振って抽迭し始める。

「あ、ああっ! っい、いい……ん、ひっ、あ……ふう、ん!」
「やっぱり淫乱だったね。破瓜の痛みもなさそうだ。キュウキュウと締め付けてきて、堪らないよ。今日は夜が明けるまで交わろう。いいね?」
 
 花の精の足を持ち上げたまま、裏筋を波打つ膣壁へ擦りつけ、あまりの気持ちよさに我慢が出来なかったスチュアートは、最初の中出しをした。
 
「一回出したほうが、長く楽しめるんだ。今度はお前もイかせてあげよう」
「あ、ん……ああ、ひ、ん……っ、んぁあ……あ、あ!」

 花の精を軽々と抱きあげ、己の腰に落とすように、何度も上下させてはイかせ、四つん這いにさせた花の精の後孔を舐めほぐし、蜜壺には手淫をほどこしてイかせ、ほぐれた尻穴に血管の浮き出た男根をねじ込み、立ったまま背後から犯してイかせ――。

「さあ、喉の奥まで咥えて。どっちが上手に出来るか競争だ」
「う、んく、んっ……ん! ん、うぅ……」

 スチュアートの陽茎をしゃぶらせている間に、花の精の女芽の皮を剥き、粒をちゅうちゅう吸ってイかせた。
 花の精がスチュアートの出した精液をゴクリと飲んだのを確認すると、スチュアートは満足そうに花の精を労わる。
 
「これで、お前は人間になったかもしれない。そうすれば朝になるたび、消えてしまうこともないだろう?」
「私をここまで成長させてくれて、ありがとうございます。お礼にあなたの願いをひとつ、叶えてさしあげます」
「願いを叶えるだって? 花の精というのはすごいな」

 もうスチュアートにも、これが夢ではないと分かっている。
 分かっているからこそ、花の精を自分のもとに繋ぎとめようとしているのだ。
 朝が来るまで離れない。
 朝が来ても離れない。
 そんな思いを込めて、夜通しスチュアートは花の精を抱き続けた。

 しかし残酷にも、朝になると花の精は忽然と姿を消した。
 小さな花瓶にいけていた花が枯れているのを見て、スチュアートは慟哭した。

 ◇◆◇

「お前を跡継ぎとする」

 すっかり気落ちしていたスチュアートのもとへ父である国王が訪れ、そう宣言した。
 あまりにも想定外のことで、スチュアートの頭は正しくそれを受け止めきれない。

「何を言っているんですか? 兄たちがそんなことを許すはずがありません」
「あれらはもう使いものにならんのだ。だからお前に王位が回ってきた。三人目がいて良かったわい」

 訳が分かっていないスチュアートを残し、国王はやれやれと言いたげに立ち去った。
 花の精がいなくなったショックで引きこもっていたスチュアートは、詳細を知ってそうな部下を呼び、兄たちに何が起きたのかを聞いた。

「第1王子も第2王子も、大量の睡眠薬を飲んで、寝たきりになっているのです。医師の診断では、もう目覚めないかもしれないと言われていて……それで国王陛下がお二人を、見限られたのだと思います」
「なぜ睡眠薬を飲む必要が?」
「それが……私もまた聴きなので、定かではないのですが、第1王子も第2王子も、あるときを境に夢の中に絶世の美女が現れるようになったとか。その美女と交わると、この世のものとは思えない快楽を味わえるらしく、王子たちは揃って夢の虜になってしまいました。それで自ら睡眠薬を飲み、永遠に夢の住人になることを選んだのではないかと言われています」
「そんなことがありえるのか? よからぬ者に誑かされているのでは?」

 なにかとスチュアートに面倒事を押し付ける兄たちだったが、決して抜けている訳ではない。
 夢に現を抜かすなど、とても考えられなかった。

「医師が確認していますが、飲んだのは間違いなく睡眠薬だけで、おかしな薬ではなかったみたいです。ただ、王子たちの侍従が証言するには、夢の中に現れた美女は白い髪に薄ピンク色の瞳で――」
「待て! 今……なんと言った? 夢の中の美女は、どんな容姿だと……」
「物の怪のたぐいだと思いますよね? そんな外見の人間は、この世にはいませんから。白くて長い髪で裸を隠し、薄ピンク色の眼を潤ませながら、誘惑してくるのだそうです。そして男の言うがまま、どんな営みにも悦んで体を差し出して――」

 続く話は耳に入ってこなかった。
 スチュアートには、花の精がどこに消えたのか、分かってしまった。

(兄たちの夢の中に行ったのだ。俺に――王位を継がせるために)

 ぶるぶると震える両手を見つめる。
 花の精は、スチュアートの願いをひとつ叶えると言っていた。
 そのために兄たちを夢の世界へとそそのかし、役立たずにしたのだろう。

(そんなこと、俺は望んでいないのに!)
 
 手のひらの中に包み込めるだけの大きさであれば、腕の中に抱え込めるだけの大きさであれば、こうはならなかったのだろうか。
 繋ぎとめたと思ったスチュアートが、花の精がいない朝にどれだけ絶望したか。

(お前は、分かっていない! 俺のことを全然――)

 知らず、スチュアートの頬に涙が流れていた。
 お互いのことを話すような時間なんて、なかったと気づいたからだ。
 短い夜の逢瀬は、肉欲のために使った。
 花の精が今ここにいないのは、欲望を優先したスチュアートのせいだ。

(今も、兄たちに抱かれているのか。俺をひとり、置き去りにして)

 花の精の類まれなる美貌と容姿に、きっと兄たちの視線は釘付けになっただろう。
 スチュアートよりも傲慢で、さらに加虐性愛嗜好のある兄たちだ。
 花の精を相手に、どんな性行為をしているのか、想像するだけで吐き気がする。

(ああ、どうしてこうなってしまったんだ……)
 
 スチュアートが花開かせた、快楽に正直な体が、信頼しきった純真な瞳が、健気で清らかな心が、愛おしくてたまらない。

(王位なんていらないんだ。俺は、お前と一緒にいられれば、それだけで――)

 そう言えば、花の精の名前も聞いていなかった。
 花の精に名前なんてあるのか、それすらも知らないが。
 笑えることに、スチュアートは花の精が生まれた花の名前も知らないのだ。

(俺は馬鹿だ。今なら、体だけじゃなく、お前自身を愛せるのに)

 スチュアートの脳裏に、愛を乞う花の精の姿が蘇る。
 だが、もう何もかもが遅い。
 花の精は夢の中へ旅立ち、スチュアートは残された。
 兄たちは眠りから覚めず、いずれ王位が回ってくる。

「虚しいな……こんな人生」

 ◇◆◇

 やがて父が年を取り、スチュアートが国王になる日がやってきた。
 あれからスチュアートは花の名前を覚えたが、何の役にも立っていない。
 時おり花の精を思い出しては、寂しさを募らせるばかりだった。

 即位してしばらくして、スチュアートの新たな執務机にあの大きな花瓶が置かれ、そこに大ぶりの花がいけられた。
 つい癖で、スチュアートは蕾がないか探した。
 また蕾の中から、花の精が現れてくれるのではないか。
 そんな希望が捨てられないのだ。
 見つけた小さな蕾を小さな花瓶にさし、スチュアートはそれを寝室に持ち込む。
 もう何度、こんな不毛な夜を過ごしただろう。
 きっと今夜も花の精は現れない。
 それでも月明かりの中、スチュアートは蕾をぼんやりと眺め続けた。

 蕾が光り出したのは、スチュアートが寝息を立て始めてからだった。
 政務に疲れて、目の下に隈があるスチュアートの顔を、誰かの手がそっと撫でる。

「愛しい人……あなたの願いを叶えたけれど、あなたは幸せじゃないみたい」
「当たり前だろう、お前がそばにいないのだから」

 花の精の細い腕を掴んだのは、スチュアートだ。

「お前は間違えている。俺の願いは――いや、その前に名前を聞くんだった。お前にまた会えたら、真っ先に名前を聞こうと決めて……」
「ピアよ。私はピアと言うの。あなたの名前も、教えてくれる?」
「ピア、そうか、俺は自分の名前すら伝えていなかったのか。……スチュアートだ。今は国王をやっている」

 スチュアートの自己紹介に、ピアは笑った。

「知っているわ。だって私がそうしたのだもの」
「だがピアは知らないだろう? 俺の願いが国王になることではなかったと」
「そうなの? 私、間違えたのね」

 しょんぼりするピアを見ていられないスチュアートは、ぎゅっとその体を抱きしめる。

「ピアが欲しい。それが俺の願いだ。もう兄たちの夢の中には戻らないでくれ」
「あの人たちが見ているのは、あくまでも夢よ。自分に都合のいい夢を見ているはずだわ」
「だったらピアは、ずっと俺のそばにいられるのか?」 
「それがスチュアートの望みなら、叶えるわ」
「叶えてくれ、今すぐ」
「いいわよ」
「いいのか、そんなにすんなり決めて。俺はあの頃ほど若くない。ピアの体を、満足させてやれないかもしれない」

 今度はスチュアートがしょんぼりする。

「スチュアートの素敵なところは、夜だけじゃないわ。それを知っているから、スチュアートのもとに現れたのよ」

 疑問符を飛ばすスチュアートに、ピアは柔らかく微笑む。
 ピアはずっと花の姿で眺めていたのだ。
 兄たちが嫌がる仕事に、真摯に取り組むスチュアートを。
 日々疲れていくスチュアートの願いを叶えたくて、ピアは花の精の力を使おうと思った。
 
「私が先に、スチュアートを愛したのだから」
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