みにくいアヒルの子だと思った?
「アレクセイ! アンブロシュ! アルビーン! アダベルト! 四対一は卑怯でしょう! どうしてハヴェルをいじめるの!」



「こいつ灰色の羽根で汚いし!」

「でかいだけでドン臭いし!」

「そのくせ大喰らいだし!」

「なのに姉ちゃんに可愛がられてズルい!」



 ふわふわの黄色い翼をばたつかせ、桃色の嘴でピーピー文句を言っているのは四羽のアヒルの雛たちで、すべてアンジェリカの弟だ。



「あんたたちが仲間外れにするから、姉ちゃんが世話を焼いているんでしょう? そもそもの順番が逆なのよ」



 弟たちに嘴で突かれて、池のほとりに追いやられていたハヴェルを、アンジェリカは迎えに行く。

 生茂る葦の間で身をひそめ、ぷるぷると震えているハヴェルだが、体が大きいので全く隠れきれていない。



「ハヴェル、やり返していいのよ? やられっぱなしは悔しいでしょう?」

「ぼ、僕、できない……」



 つぶらな黒い瞳に涙をためているハヴェルの様子は、アンジェリカの庇護欲をいたく刺激する。



 同じ弟なのに、ハヴェルだけが違う容姿で生まれてきた。

 灰色の羽根、黒い嘴、ずんぐりとした図体。

 そのせいで母親に気味悪がられ、育児放棄されているハヴェルを、姉のアンジェリカがこれまで護ってきた。



「しょうがないわね。今日も姉ちゃんと一緒に、餌を探しましょう。ハヴェルは体が大きい分、たくさん食べないとね。ほら、この辺りが水草の穴場なのよ」

「ありがとう、姉ちゃん」



 ぐすんぐすんと洟をすすり、一生懸命に泣き止もうとしているハヴェル。

 小さな黄色い翼でよしよしと頭を撫でてやり、今日もアンジェリカは可愛いハヴェルを甘やかす。



 ◇◆◇

 

 アンジェリカの必死の給餌により、ハヴェルはすくすくと育っていった。

 灰色だった羽根が徐々に白くなると、少しアヒルらしく見えるようになったので、熱心に羽繕いをしてやっていたアンジェリカは喜ぶ。

 しかしアンジェリカの嘴が黄色になると、ハヴェルとの違いが目に付くようになった。



「ハヴェルの嘴は、黒い部分が残ってしまったわね。黄色になり始めたときは、やっとお揃いになるかと思ったのに」

「ごめんね、姉ちゃん」

「それに、ハヴェルはやけに首が長いわ。姉ちゃんが頑張って翼を伸ばしても、もうハヴェルの頭に届かないもの」

「代わりに、僕がこうするから」



 ハヴェルは長い首をアンジェリカの首に巻きつける。

 下がってきた頭を、アンジェリカはよしよしと撫でてあげた。



「甘えん坊なのは、成長しても変わらないのね」

「僕は姉ちゃんが大好きだから」

 

 母親や弟たちに何と言われようと、アンジェリカはハヴェルを可愛がり溺愛し続けた。

 そしてハヴェルもまた、アンジェリカにくっついて離れようとはしなかった。

 ただし、アンジェリカがハヴェルに食べさせようとして、活きのいい大きなウシガエルを捕まえてきたときだけは、さすがのハヴェルも青ざめて遠ざかっていたが。

 

 ◇◆◇



 それから数年が経ち、アンジェリカもハヴェルも成鳥へと変貌する。

 アンジェリカはアヒルらしいアヒルに育ったが、ハヴェルはどんどんアヒルから離れていった。



「もしかして、ハヴェルはアヒルじゃないのでは?」



 ここにきて、ようやくアンジェリカは疑問を抱くようになる。

 大きな白い翼と堂々とした体躯、流線型の長い首が美しいハヴェルは、アヒルたちの間では浮いている。

 しかし、強そうな雄に惹かれるのは雌の本能なのか。

 雛のときは遠巻きに見られるだけだったハヴェルに、突然のモテ期がやって来ていた。



「ハヴェルさん、一緒に泳ぎましょう」

「あっちに、いい餌場があるんですよ」

「私に羽繕いをさせてください」

「ちょっと、あなた割り込まないでよ!」



 困り顔をしたハヴェルが、取り巻く雌たちに強く出られないのは、今に始まったことではない。

 調子に乗った雌たちによって、ハヴェルを巡る醜い争いが繰り広げられるのが、ここ最近の日課になっていた。

 

「ハヴェルのやつ、いい気になりやがって」

「俺たちの姉ちゃんを独り占めしたくせに」

「泣き虫キャラはどこに行ったんだよ」

「チヤホヤされて、うらやましい!」



 四羽の弟たちが、嫉妬心からガアガアとうるさく文句を言うのも、分からないではない。

 あからさますぎる雌たちの手のひら返しは、アンジェリカも見ていて気持ちのいいものではないからだ。

 だが、これもハヴェルのためだと思って、少しだけ寂しい胸の内を押し殺し、あえて何も言わないでいるのだ。



「やっとハヴェルが雄として独り立ちしようとしているのだから、喜ばないとね。あんたたちも、ちゃんと恋のお相手を見つけるのよ!」

 

 アンジェリカにぴしゃりと釘を刺され、姉に頭が上がらない弟たちはしぶしぶ引き下がる。

 しかし弟たちに偉ぶった手前、アンジェリカだって番を見つけなくてはならない。

 これまで気になる雄がいたわけでもないアンジェリカは、遅ればせながら婚活を始めるのだった。



 ◇◆◇



 だが、次の年になっても、アンジェリカには番が見つからなかった。

 雄として一人前になったと思ったハヴェルが、いまだにアンジェリカのそばを離れないせいだ。

 

「姉ちゃん、置いて行かないで」

「姉ちゃん、一緒に寝よう」

「姉ちゃん、大好き」



 毎日スリスリと長い首を擦りつけてくるハヴェルは、アンジェリカに好意を持って近づこうとする雄を、羽撃ちで威嚇して徹底的に遠ざけてしまう。

 池で一番体格の大きなハヴェルに脅されて、恐れおののかない雄なんていない。

 その結果、アンジェリカは嫁き遅れているのだ。

 

「ハヴェル、姉ちゃんそろそろ……」



 そうやってアンジェリカが距離を置こうとすると、ハヴェルはつぶらな黒い瞳に涙を浮かべる。

 

「僕はいらない子なの?」

「そうは言ってないでしょう」

「僕は姉ちゃんとずっと一緒にいたい」

「だけど私たちは姉弟だし……本来、ずっと一緒にいる相手は、番なのよ?」

 

 諭すアンジェリカに、ハヴェルは反抗する。



「じゃあ僕、姉ちゃんと番になる!」

 

 長い首を巻きつけて、アンジェリカの体にすがりつくハヴェル。

 そんな可愛いハヴェルを邪険にできないアンジェリカは、体を嘴でつんつん突く児戯を許してやる。

 こういうとき、アンジェリカはとことん無防備だ。

 そして今回、甘えていたハヴェルの様子が何やらおかしくなってきた。



「姉ちゃん、何か胸がドキドキする。それに僕の股間から、変なのが出てきた」

「変なの? 見せてごらん」



 ハヴェルの体に異変が起きたと知って、心配顔をしたアンジェリカが下を覗き込む。

 するとそこには、螺旋状の長い突起物が、びろんと現れていた。



「何これ? なんだか伸び縮みしそう」

「どうしたらいいの? 僕、苦しいよ」



 はあはあと息を切らし、ハヴェルはその尖頭を、アンジェリカの体に擦りつける。

 

「あ、気持ちいい。姉ちゃん、こうしてると、楽になるみたい」

「体調が良くなるまで、そうしていなさい。姉ちゃんは大丈夫だから」

「もっと強くしてもいい?」

「いいわよ、ハヴェルの好きにして」



 許しをもらったハヴェルは、アンジェリカに圧し掛かると、激しく腰を振り出した。



(ん? なんだかこの姿勢、見た覚えがあるわ。たしか、番になった雄と雌が――)



 アンジェリカが冷静に思考できたのは、そこまでだった。

 ハヴェルの先端がアンジェリカの孔に入り、ぐりぐりと奥を目指し始めたのだ。



「あ! 駄目よ! ハヴェル、それ以上は駄目!」

「ん、気持ちいい、気持ちいいよ、姉ちゃん」

「ハヴェル、これは交尾だわ! あなたに発情期が来ているのよ!」

「姉ちゃん、姉ちゃん、大好きだよ」

「駄目だってば……ハヴェル! 止めて……」



 体格差がありすぎるため、ハヴェルに対してアンジェリカの抵抗は効き目がない。

 それどころかアンジェリカがもがくことで、ハヴェルは余計に快感を得ているようだった。



「姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん!」



 ハヴェルは体を震わせると、アンジェリカの中に精子を放つ。

 そして大きな翼でアンジェリカを包み込み、安心したように全身から力を抜いた。

 ようやく落ち着いたハヴェルとは違って、頭の中が真っ白になったのはアンジェリカだ。



(弟と! 交尾をしてしまった! これは禁忌なのでは!?)



 ずるりと引き抜かれたハヴェルのファルスを見て、アンジェリカはしばし恐慌に陥ったが、してしまったものは仕方がなく、そのうち考え疲れて寝てしまった。

 そんなアンジェリカの姿を確認してから、ハヴェルが長い首をゆっくりと持ち上げる。

 

「アンジェリカはもう僕の番だよ。――誰にも渡さない」



 己の翼の中で眠るアンジェリカを見つめるハヴェルの黒い瞳は、決してつぶらでも清らかでもなく、むしろ月星のない闇夜のように暗かった。



 ◇◆◇



 それからアンジェリカは、熱烈な求愛ダンスを踊るハヴェルに絆される形で、番の関係を結ぶことになる。

 考えてみれば、どう見てもアヒルではないハヴェルとアヒルのアンジェリカの間に、血の繋がりなどあるはずがなかったのだ。

 鳥の種類の違いはあるが、ハヴェルにとってはほんの些細なものらしく、やがてアンジェリカも気にしなくなった。



「あ~あ、結局こうなるのか」

「姉ちゃん、絶対に騙されてるよな」

「あいつは昔から演技派で姑息だった」

「姉ちゃん狙いなの、丸わかりだったよな」



 アンジェリカの溺愛から始まったと思われた関係が、ハヴェルによって綿密に誘導された結果だとは、四羽の弟たちしか知らない。

 だが、それでいいのかもしれない。

 アンジェリカとハヴェルは仲睦まじく、今日も池のほとりでラブラブしている。

 おかげで池の平和は、保たれているのだから。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

昨日までの愛は虚像でした

総文字数/9,612

恋愛(純愛)1ページ

表紙を見る
表紙を見る
デブ眼鏡の片思い~飾り文字に心を乗せて~

総文字数/11,263

ファンタジー3ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop