ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜

◇14


 私達は今、応接室に集まっている。お客様が来ていると小耳にはさみ、昨日侯爵を呼べと言っていたからその人かなって思ってたら、グリフィスさんが私を呼びに来たのだ。

 そして、応接室に入った瞬間、お客様と思われる男性が私を見てニコニコしていた事に気が付いた。一体どういった意図でそんな顔を向けてきているのか全く分からない。

 公爵様が、こっちに座れと彼の座るソファーの隣を指示し、私は静かに座った。

 お客様は、初めまして、と挨拶をしてくれて。私も、夕琳ですと返した。


「羊だ」

「う”っ」

「ひ、羊、ですか」

「あぁ、ウチの可愛いペットだ」


 そう言って、私の頭を撫でてきた。


「あ、なるほど。そういう事でしたか」

「……」


 帰りたい。本当に帰りたい。羊って言われるの本当に恥ずかしいんだもん。悪魔と羊どっちがいい、と言われたら仕方なく羊を選ぶけれど、それでもわざわざ言わなくてもいいじゃないですか!


「最近カディオ卿が楽しそうでしたから、何かあったのだろうと思っていましたが……そういう事でしたか」

「ペットはいいぞ。見ているだけで面白いからな」

「ほぉ、ですが私にはそれだけではないように見えますがね」


 そんなお客様の一言に、公爵様は……自信気な顔を向けていた。分かってるじゃないか、とでも言っているような。

 一体、その顔は何を意味しているのだろうか。


「それで、遂に動かれるのですね」

「あぁ」


 遂に動かれる。今まで準備してきたかのような言い方。疑問に思う私に、公爵様が気付きはっきり言った。そう、はっきりと。


「独立する」


 ……と。ど、独立とは……この国から分離するって事……!?


「ですが、思っていたより早かったですね」

「あぁ、俺もこんなに早くなるとは思っていなかった」


 公爵様が、グリフィスさんに指示をしていて、彼は何かを持ってきた。これは……剣だ。受け取ってから、先端を床に立て、私に渡してきた。重いぞ、といわれ本当に重かったので危うく落としかけた。


「抜いてみろ」

「え?」


 よく分からないまま、持ち手の部分をしっかり持って上に抜いてみた、ら……っ!?

 いきなり何かが伸びてきて、私が掴む持ち手に巻き付き、少し抜いていた剣を強引に鞘に戻された。

 これは、花だ。目の前にあるローテーブルに置いてあった花瓶の赤い花が、伸びてきて剣が抜かれるのを阻止した。

 昨日はリンの花だったけれど、違う植物も例外ではないらしい。


「こういう事だ」

「なるほど……確かに、これは急がねばなりませんね」


 これ、もしかして、私のせい……?

 私がしでかしてしまった事で、忙しくさせてしまった……? よ、よく分からないけれど、ご、ごめんなさい。


「あ、あの、独立って……?」

「あぁ、公国を作るんだ」


 こ、公国を、作る……!? く、国を作っちゃうって事だよね!?


「あんなクソジジイの尻拭いをするのももうこりごりだ。それに貴族社会、さらには皇室も危うくなってきている。なら、面倒ごとに巻き込まれる前に退散するのが一番だ」

「手筈は整っています。こちら側には中立派であり力を持つ者達が多くいる為人材も揃っています。それに、カディオ公爵様は、領民からの信頼も厚く、高級品のピンクダイヤ鉱山を所有、ワインやシルクに至るまで様々な事業を立ち上げ成功させており、今ではこの帝国でこの方以上に勝るものはいないでしょう。
 安定した供給源を持っているためそちらは問題ありませんし、政治に関しても最初は忙しくはありますが優秀な者達が揃っている為安心です」


 もう、頭が追い付かなくなってしまった。


「あのジジイの考える事だ、もしこちらに武力行使しようとしても、今の国の状態を見れば無理に等しい。皇室派である私がいなくなるのだから、牽制し大人しくさせていた者達がすぐ動き出すためそれどころじゃなくなる」


 すなわち、内乱が起こる。でも、いいのだろうか。そのせいで亡くなってしまう人達が出てきてしまう。


「多くの者達を殺してきた、いわば殺人鬼だ。その報いを受けるのは当然の事。言って聞かないんだ、仕方ないだろう。それに、犠牲は最小限にと取引もしておいた」

「……へ?」


 と、取引……?

 も、しかして、そこまで見越して、万全な準備を……?

 公爵。皇族より一つ下。そんな階級の高いところに堂々と立っていられるのは、それだけの能力を持ち合わせているという事。この人、本当にすごい人なんだ……!


「ま、そこは気にしなくてもいい事だ」


 なんて言いつつ、話はどんどん進められた。もう私は全く着いていけず、ただそこに座っているだけ。スケールが大きすぎるから余計だ。

 話がまとまったらしい。「では頼むぞ」の公爵様の一言でお客様が帰っていってしまった。

 一体、これからどうなっちゃうのだろうか。もう、何も考えつけず。そんな時、口を開いたのは公爵様。


「それでだ。公国を作る理由の中にお前も入った訳だが、どの立ち位置がいい」

「へ?」

「公族のペットか」

「まっ待ってくださいっ!!」


 ペ、ペットなんて恥ずかしすぎる! ここでだって最初誰かに会う度恥ずかしいんだから、そんな事になってしまったらもっと恥ずかしくて部屋から出られなくなっちゃうに決まってる!!


「何だ、嫌か。なら……――公妃がいいか?」
 

 公妃、その言葉を聞いて、一気に顔が青ざめた。それは、すなわち公族に入れということ。羊で、聖女で、公妃……羊であっても、見た目が悪魔。

 一体どうなってしまうのか、想像もつかない。今言える事は、恐ろしいことになってしまうのは明らかだ。

 いや、ちょっと待って。と、もう一度その意味をよく考え、次第に顔が熱くなっていってしまった。

 気が付けば、獲物を見つけ捕らえたような目をした公爵様の顔が、目の前にあって。あ、これはやばい。と気づいたけれど、気付くのが遅かったことに後悔してしまった。

 それと、この人の顔をちゃんと見た事がなかったからだろうか、それともさっき気付いて恐ろしくなった事のせいだろうか、心臓がドクドクと煩く脈打っている。


「どうした、夕琳(・・)

「っ……!?」


 公爵様の、その一言。


(あっ……)


 そう、たった一言だけで……――堕とされてしまったのだった。


 END.
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