ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜

◇3


 彼女がこの屋敷、カディオ公爵邸に来たのはつい5日前。屋敷の中は、あまりいい空気ではなかった。そう、彼女はあまり歓迎されていなかったのだ。

 彼女が召喚された時、周りの者達も〝悪魔〟だと認識したのだから、こちらの者達もそう思うのは当然である。


「今日も召し上がってないわ、どうしましょう……」

「お腹空いていない、とか?」

「馬鹿ね、これで2日目よ?ここに来てから3日間ずっと寝込んでて、目覚めてから昨日今日とずっと食べないのに、お腹が空いてない訳ないでしょ」

「食文化が違うから、かしら。だって、違う世界から来たんでしょ?」

「じゃああなたが教えるの?」

「えっ、そ、それは、ちょっと……」

「私だっていやよ。だって、悪魔みたいな奴に近づいて何かあったらどうするの」

「こらっ!誰かに聞かれたらどうするの!」


 この家の主人は、あの日彼女を連れてきてこうおっしゃった。貴賓客だ、丁重にもてなせ。と。

 主人にそう言われたら従うのが使用人達だ。でも、彼女達だっていやなもの、したくないこともある。真っ黒い髪、瞳、極めつけは丸くねじれた角。人間にそんなもの、普通は付いていない。

 その日は皇城で聖女召喚の儀があった。普通、召喚された聖女は皇城で過ごす事になる。なのに、彼女はこちらに来た。貴族界で最も恐れられている冷血無慈悲公爵の屋敷に。

 それを考えると、彼女は聖女ではないのでは? 屋敷内の誰もがその疑問を持っている事だろう。


「丁重にもてなせ、って命令なのに……」

「私は嫌よ。いきなり襲い掛かられたらたまったもんじゃないわ。それにあの目。目が合ったら呪われそうなくらい真っ黒じゃない」

「ちょっと、そんなの分からないじゃない」

「じゃあ貴方試してみる? それとも本人に直接聞いてみたら?」

「そ、それは……」

「いいじゃない、ちゃんと食事は出してるし台に必要なものは乗せて渡してるんだから、好きなように使ってもらえば。逆に私達がお世話してうっとおしがられても問題でしょ?」

「ま、まぁ、そうだけど……湯浴みとか、そういうの、説明の紙だけでよかったの?」

「準備はちゃんとしたんだからいいじゃない。ちゃんと紙に書いたんだし」

「理解出来たかな」

「悪魔だとしても馬鹿ではないでしょ。それにきっとマジックアイテムをもらっただろうから字も読めるだろうしね」

「まぁ、そうね」


 マジックアイテムとは、魔導士が聖女様の協力のもと作り出したアイテムの事。

 色々な世界から呼び出された聖女達は、当然言語も違う。だけどこれを付ければ、相手が話す言語を自身が身に付けている言語として理解出来るようになる。自分が話す言語は、相手が使用するこの世界の言語に自動的に翻訳される。

 そのため、言葉の通じなかった相手と簡単に会話が出来る。もちろん、文字も一緒だ。何とも不思議なアイテムである。

 侍女としての仕事はちゃんとやってる、だから大丈夫。そう皆で話していた時号令がかかった。公爵様が、皇城から戻られたと。

 公爵様は、5日前に彼女をここに連れてきて、また皇帝に呼ばれすぐ皇城に向かった。その彼がやっと帰ってきたのだ。

 使用人達は玄関ホールに集まり、二つの列を作った。


「何もなかったか」

「はい、いつも通りです」


 上着を脱ぎ共に帰ってきた若い男性、彼の秘書に手渡し、執事に今日の出来事を聞いていて。そして、話の話題に彼女が出てきた。そう、5日前にここにやってきたあの女性だ。


「まだ口を開かないのか」

「はい、世話係の者達がそのように」

「これだけ経っても、名前すら分からないとはな」

「聖女召喚によるショックが大き過ぎたのでしょう」


 この場で冷や汗をかいているのは3人。彼女に付けられた侍女達だ。侍女達は、執事にデタラメな報告をしてしまっていた。


『彼女は、口を閉ざし、食事も(のど)を通らないようなのです。精神的なショックだと思われるので、静かに休んでいただこうとすぐ私達は退散するようにしています』


 そう侍女達は報告したのだ。

 執事はその報告に納得したようだが、だがもしも、もしも公爵様にバレることがあったとしたら、解雇どころでは済まされないだろう。

 彼女を丁重にもてなせ、その命令を侍女達は破ったのだから。

 悪魔のようなご主人様。きっと今日も罪人を処刑台に送った事だろう。悪魔のような見た目の彼女と、悪魔のような無慈悲で冷血な公爵様。

 今更ながらに、どちらを取るかで選択を誤ってしまったのではないかと侍女達は少し後悔した。

 息の詰まった玄関ホールは、彼が執務室に向かいこの場を去った事によりいつものように開放感のある部屋に戻っていった。

 きっと、ホッと胸を撫で下ろした使用人はほぼ全員だろう。


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