ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜

◇5


『主の命に従わぬ使用人など、カディオ公爵家には不必要だ』


 そんな、鋭い槍のような発言。私は平民でお屋敷に働きに行っていたけれど、ここはそれ以上に厳しい所なんだ。

 こんな所に、私は来てしまった。これからどうなるのかは分からないけれど……もしかして、大変な事に巻き込まれてしまうのでは? そう考えると、背筋が凍ってしまいそうだった。

 は、早く帰らなきゃ。そう焦りが出てきてしまう。


「お客様、この度は誠に申し訳ございませんでした。監督不行き届きであり、教育も出来ておらず反省しております」


 そう言いながら、侍女長と呼ばれる方は深々とお辞儀をしてきた。そんな事をしてもらう身分ではないから、慌てて顔を上げてくださいとお願いした。


「恐れ入りますが、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「は、はい」

「何故、貴方様に不躾(ぶしつけ)な対応をしたこの者達をかばうような発言を?」


 さっき、私が辞めさせないでと言った事かな。でも結局聞き入れてもらえなかったけれど。


「皆様と違う姿をしていて、戸惑ってしまっているにもかかわらず、お掃除の行き届いた綺麗なお部屋を使わせていただいて、温かい食事も持ってきてくださって、ふわふわした寝床も、使い心地のいい手ぬぐいも用意してくださいました。……でも、私は平民です。ここまでしていただくような身分ではありません」

「あぁ、申し訳ありません。まだご説明いたしておりませんでしたね」


 そう言われ、私は頭の上にはてなを浮かべてしまった。

 侍女長さんが言うには、ここはついさっきまで私がいた星ではなく、〝聖女召喚の儀〟というものでこちらに呼ばれたそうで。だから私はこの世界では特別な存在のようなんだけど……


「私、聖女じゃないらしいんです。何か、手違いで来てしまったらしくて」

「ですが、別の星からいらした方に変わりありません。ですから、今までの身分は関係なくなったのです。それに、公爵様が貴賓客とおっしゃいました。公爵家では貴賓客に対する対応が今までのようなぞんざいな対応ではあってはならない事。彼女達の行動は、この由緒正しいカディオ公爵家の顔に泥を塗ったの同然の事なのです」


 いきなりの事で頭がパンクしていたけれど、とりあえず彼女達は悪い事をしてしまっていた事は分かった。


「……侍女長さんは、悪魔かもしれない私を見て、何も思わないんですか?」

「たとえそのような方だったとしても、貴賓客に変わりはありません。私達はカディオ公爵家使用人として最大限のおもてなしをさせて頂く、それだけです」

 
 そう言い切った侍女長さんは、とってもカッコ良かった。ここまで、誇りを持って仕事をしているという姿勢は、誰にも真似できない事なんだってよく分かった。

 とっても、輝いて見えた気がした。


「では、お食事の準備をいたしましょう。食べ方が分からない、との事でしたが以前はどういったお食事を?」


 全く違う文化の為、説明は難しい。けど、侍女長さんは勘が良く、すぐ理解してくれた。お米を主食に、お味噌をといた味噌汁。魚やお肉、野菜をおかずにして、お箸を使って食事をしていた。

 残念なことに、ここにはお米やお味噌はないらしい。けど、商会に行って聞いてくださるそう。あると良いなぁ。


「では、こちらのお洋服に着替えて頂きます」


 それは、私の知っているものとはまるで違うものだった。袖も細く、着方も違う、お尻の部分が膨らんでいて動くと揺れる。何とも不思議な服だ。


「うわっ」

「掴まってください」


 履物が、床と離れている部分があって歩きづらい。そんな私の様子を見て、歩きやすそうな履物に変えてくれた。

 お昼ご飯は、説明してもらいながら、食べやすくしてもらい食べた。ちょっとだけお箸の遣い方と似ているから、ふぉーく? で何とか食べることが出来た。


「お味は如何ですか」

「おいしい、です……!」


 味わった事のないものばかりだけど、とても美味しい。お肉も柔らかくて、このふわふわしたパンというものも不思議な味と食感だった。


「パン、気に入りましたか?」

「はい!」

「でしたら、次は違ったパンを出してもらいましょう」

「他にもあるんですか?」

「はい、サクサクしたものや、もちもちしたもの。食材を入れたものもございますよ」


 そんなにいっぱいあるんだ……これは外側も中もふわふわしているけど、もっと違うものがあるなんて。もちもち、って言ったら……お餅、みたいな? びよーんって伸びるのかな?

 聖女召喚、だっけ。あまり実感が湧かなかったけど、周りに知らないものが沢山あるとだんだん湧いてきた。本当に、知らない世界に来ちゃったんだ。


「公爵様、って言ってましたよね」

「えぇ、貴族社会の中で皇族の一つ下の階級です」

「ひ、とつ、下……!?」


 って、事は……凄く偉い人!? そんな人にあんな事言ってしまったの!?

 私のいた世界? 星? って事になるのかな? そこにも身分制度というものはあった。私の住む国を治めているのは皇帝と呼ばれる人。それから、紫、赤、青、黄と下がっていく。そう、色分けされているのだ。

 そう考えてみると、ここ公爵家の主、先程の公爵様は、紫という事になる。私、お会いした事すらない人なのに……とんでもない所に来てしまった。

 これから、どうなっちゃうんだろう……

 と、とにかく、ここでは大人しくしていよう。静かに、何もやらかすことがないように。

 と、思っていたんだけど……




「あ、の……」

「何だ。さっさと座れ」


 夕飯。何のパンが出てくるのかな、とルンルンしていたのもつかの間。食堂にはもう一人食事をしに来ていた人がいた。そう、あの公爵様だった。


「わ、たしなんかが、公爵様と一緒に食事など、できま、せん……」


 こんなに偉い人に口答えしてしまった。内心冷汗だらだらである。逃げようとしたけれど、座れという言葉の槍を刺されてしまった為だいぶ近く(そこしか椅子がなかった)に静かに座った。

 無言のまま、静かに食事が始まってしまった。私と公爵様に出された食事は一緒のようだけど、私のは予め食べやすいように切ってくれていて、何とかフォークで食べることが出来た。

 凄く、目の前から視線を感じる。ただでさえ手がプルプルしているのに、下手したらフォークを落としそう。


「お前、悪魔か」

「へ」


 どストレートに、突然そう聞かれてしまった。私の星でも悪魔という存在はあった。物語の中でしかなかったけれど、恐ろしい存在として描かれていた。

 こんな私が、そんなものの訳がない。そもそも、どうして私がそんな恐ろしいものだと勘違いされてしまっているのだろう。

 だから、私は頭を思い切り横に振った。


「では何者だ」

「……」


 本当に、直球過ぎる質問。だけど、これは答えるのには、ちょっと、恥ずかしいと言うか、何というか……だって、仲間がいないんだもん……

 何となく、両方に付いている頭の角を抑えつつ、答えた。


「……ひ、ひ、ひ……」

「ひ?」



「……羊、デス……」



「は?」

「「「「えっ」」」」



 しぃ~~~~ん。そう、食堂は静寂に包まれてしまった。そのせいもあって、顔が熱くなって火照ってしまった。すごく、恥ずかしい。

 だから嫌だったんだ。羊だなんて、ただの弱っちい動物なんだもん。私のいた所は獣人の国。その中の羊族の一人。獅子族や狼族のような肉食動物には歯も立たないくらい、目を付けられたら終わりな立場の一族の一つ。


「……ク……フフッ……そうか、羊か……確かに、その角は羊に似ているな」


 笑わないで、ください……

 でも、ここには羊という存在はいるようだ。動物というくくり、なのかな? 同じような国があったりするのかな。


「悪魔だ何だと騒いでいた奴らに言ってやりたいな、ただの黒い羊だったと」

「公爵様、抑えてください。夕琳様の顔見て」

「ほう、赤くなっているようだが、そんなに恥ずかしい事なのか」

「むぅ……」

「ククッ……羊にあんなに振り回されるとは、皇帝も思わんだろうな。実に滑稽(こっけい)だ」


 ついさっきの怖い雰囲気を(かも)し出していた公爵様とは打って変わった様子で、笑いを堪えている。そんなに面白かっただろうか。弱い存在の動物を捕獲できてそんなに嬉しいか。

 恥ずかしくてしょうがなかったけれど、最初よりもこの場の雰囲気が和らいだ気がした。


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