今夜キミの温もりと。
彩の大きな声が聞こえて、ギョッとする。



百合ちゃん⁉︎



百合ちゃんのことは昔からよく知っている。学校に行ってないことも。
最近、会ってなかったらしいから久しぶりに会うのかな?
「はぁ⁉︎だったら早く声、聴かせてよ!」
ちょっと怒り気味の彩の声に今度はびっくりする。
彩が怒るなんてもっと珍しい。…まあ、百合ちゃんのことになるといつも必死だもんね。昔から彩は百合ちゃんのこと、大好きだった。不登校って聞いた時なんて泣きそうな顔でずっと百合ちゃんに連絡していた。
きっと電話相手は翔くんだろう。微かに聞こえる声が翔くんの優しい声だったから。
私は、ドアに背を向けてその場に座り込んだ。
彩、声が震えてたな…。
ゆっくり後ろを振り向くとドアの隙間から彩の横顔が少しだけ見えた。電話は終わったらしく、彩はただただ静かにスマホを握りしめてた。
「っ、はぁ…っ…」
え…?泣いてる…?
もう一度、彩の方をよく見ると彩の目から床に向かって涙が溢れていた。
やっぱり泣いてたんだ…。彩の声が震えてたし、肩も震えてた。
泣いている理由、なんとなくわかんなくもないけど、それにしても彩がこんなに泣くなんて。
顔を慎っ赤にして、目も慎っ赤。唇を強く噛んで声を押し殺して泣いていた。…私に気が付かれないために声を押し殺しているのかな。
私は、そろそろ部屋から出てくるかもしれない彩にバレないためにリビングに戻った。
私の感は見事に当たって数分後に彩が出て来た。何事もなかったようにいつもの表情で。
「お母さん、今日、百合が泊まりに来るんだけどいい……?」
「え?」
百合から言われた最初の一言がそれだった。
泊まりに来る?そんなこといきなり言われても…。
予想外のことにびっくりする。
さっきの電話、そういうことだったの…⁉︎
「お願い‼︎」
顔の前で手を合わせて、大きな声で私に頭を下げて来た彩。
そこまで言われたら断れないじゃない…。可愛い娘のお願いだもの。
「…いいわ」
「……ありがとう、お母さん」
即答した私に彩はびっくりしたような表情をした後、嬉しそうな顔をして『ありがとう』と言った。
可愛い娘からありがとうって言われるだけで嬉しいなんて、私ったら親バカかしら。でも、正直言って普通に百合ちゃんなら大歓迎だし。
ふふっ、彩が嬉しそうでよかった。なんかこんな彩、久々に見たかも。
あ、でも…。
「でも‼︎」
でも…‼︎
条件はある‼︎
絶対に…。絶対…。何があっても…。
「絶対に百合ちゃんを泣かせないこと‼︎」
何があったかは知らないけど、一番苦しかったのは、絶対に百合ちゃんだから。だから、久しぶりに百合ちゃんの笑顔を見たいと思った。
「っ……!当たり前じゃん‼︎逆に笑いすぎて泣くかもね!」
そう言って、スタスタと歩いて行った彩。
その目から涙が出ていたことには、気がつかなかったことにしよう。
泣かせないこととは、言ったけど。……笑いすぎて泣かれても困るけどね。でも、それくらい百合ちゃんのこと、笑わせてあげて。と心の中で思う。あんな可愛い百合ちゃんの顔に涙はあわないものね。
………正直言って、彩は可愛いと思う。親バカかもしれないけれど…。
でも、百合ちゃんは異常な程、可愛い。
可愛いというか、美人みたいな…、美少女?
街を歩いているだけで、芸能事務所にスカウトされたりしてるぐらいだもの。百合ちゃんは凄くクールで一回も受け入れたことなんてないけど。 
彩が自分の部屋に戻った後、百合ちゃんのことを考えていたらなんだか、微笑ましくなった。
ずっと仲良くするのよ。そう声をかけたいけれど、プレッシャーになっちゃうかな。
よし、百合ちゃんが泊まりにくるなら、夕飯はとびっきり美味しいものを作るわ!
私は気合を入れて、キッチンへと向かった。
ドンっ‼︎
「ーっ。痛ぁ!」
私が思いっきり机に腰をぶつけた。結構大きな音なったし、アザになってるかもなあ。
トンッ!
ん?さっきよりは小さい音だけど何かな?
物が落ちた音がして、横を見ると私がぶつけた際に机に乗っていたスマホが落ちた。
彩のスマホ?忘れて行ったのかな?
彩に渡そうとスマホに触れた瞬間、ブブッとスマホが揺れた。そこには、最新のメールが来ていて、メールは百合ちゃんからだった。
悪いと思いながらも、思わず内容を見てしまう。
「え?」
内容を見た私は驚いて、思わず声が出た。
どういうこと?
最近、連絡してなかったらしいけど、それならこれはなに?もし、久しぶりにメールしているならこれはなに?
夢じゃないかと、もう一度見る。画面に書かれている言葉は、
『大好き』
だった。

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