幼なじみと同居することになりまして…⁉︎

幼なじみと同居することになりまして…⁉︎

はじまりの場所は、思い出。

私・未來 綺楽 (みらい きら)は、左手を見て、現実逃避しそうになった。
左手はきき手でもある。
「お母さん…これじゃあ、絵を描けないよね?」
「ええ、そうね…でも仕方がないことよ。せっかく特選期待賞をもらったのに」
お母さんの言葉に、胸がしめつけられる。
そんなの私が1番わかってる。私だって頑張ろうとしてたのに…。
特選期待賞をもらったのは、絵が上手いとクラスメイトや、先生にほめてもらい、軽い気持ちで地域のコンクールに応募した。するとなんと、地域ではなく県から特選期待賞をもらい、本気で画家を目指すようになった。
なのに…。
「骨折って…、何週間で治るんですか?」
私はおそるおそるたずねてみた。
これは1番聞きたいことであり、聞きたくないことでもある。
「そうですね。綺楽さんの場合、わかぎ骨折といって、普通の骨折よりは痛くありませんが治るのは遅いです。1ヶ月…まぁ、5週間くらいですかね」
1ヶ月…だなんて。
絵画教室にも通い、今度は東北地方の大規模なコンクールがあるというのに。
「わかりました…。あの…、筆を持つことってできませんよね」
ダメもとで聞いてみると、困ったような表情で首を横にふる。
「残念ですが、見ての通り、ギプスをはめましたし…美術館などイメージトレーニングをしてみるのはどうでしょう?」
「…はい。そうですよね。ありがとうございました」
失望。絶望。挫折。
これらの言葉は、私だけのためにあるように感じる。
特選期待賞をもらったと思ったら、いきなり下さり坂。
人生山あり谷あり。
そんなこと言ったって、谷すぎる。骨折なんてありえない。
未来を想像するのが怖い。
「絵画教室の先生も、残念がるでしょうね…」
お母さんの言葉が、ぐさりと胸のあたりにささったような気がした。
「この先どうするの?右手では描けないでしょ?」
「うん。先生の言った通り、美術館とかに行こうよ」
「行こうよって…そもそも、骨折するのが悪いんだから…周りに迷惑かけてるの、少しは自覚して」
私はしょんぼりとうなずいた。
泣きそうなくらいに悔しい。胸が張り裂けるほど悲しい。心臓をつかまれたように苦しい。
未來綺楽、中1。
骨折して、夢を諦める…。
そんなことは嫌だ。だけど、どうすればいいのかわからない。
私が骨折しなければ…とも思うけど、骨折は誰のせいでもない。
私もしたくてしたわけじゃない。さっきのお母さんの言葉は、すごくカチンときてしまった。
私の名前なんか大っ嫌い。
お父さんが優しい笑顔で教えてくれた、私の名前の意味。
あの頃は…5歳くらいだったから、意味はわからないところがあったけど。しっかりと言葉は覚えている。
『未來っていう苗字なんだから、この赤ちゃんには未来を大切にしてほしい、自分で未来の幸せをつかみとってほしい、そういう思いから、綺楽って名前にしたんだ。未来はキラキラ!ってことでさ。希望でいっぱいだ!ってね』
そのときの私は、たしか、こう言ったはず。
『へぇ…綺楽、自分の名前好き!未来キラキラ!キラキラプリンセス!へへへ』
お父さんに頭をなでてもらって、そのときはよくわからない漢字の話をされた。
『あとね、綺楽っていう漢字。【き】という字は綺麗の【綺】なんだ。【ら】は楽しいとか楽園とかの【楽】。未来は綺麗で楽園。楽しいことだらけなんだ!』
『ふぅん…?すごいだよね、私』
『もちろんだ!ステキなキラキラプリンセスだよ』
やったーと飛び跳ねて、私はそのときから自分の名前に自信をもった。…好きだった。
幼稚園で私はキラキラプリンセス!って自慢もしたし、名前だけで楽しいことだらけになるんだ!ってワクワクしてた。
次の日、私は屋上に幼なじみの男の子・高杉 総太(たかすぎ そうた)を呼んでいた。
ギプスの左手を隠し、屋上に来てほしいとだけ伝えた。
「なんだよ、綺楽…ってマジで⁉︎」
総太は私の左手を見るなり、叫んだ。
「ウソだろ…骨折、じゃなよな?」
「それがね、骨折だったの」
総太は私の将来の夢を笑わずに応援してくれる唯一の男子だった。
「絵、絵は?」
「描けない。どうしよう…、私、このまま諦めることになっちゃうのかなぁ」
私は悔しくて右手を握りしめる。
お母さんの前では見せれなかった涙を、うつむきながら流す。
屋上の床に、斑点模様ができた。
総太だったら、そんなことねぇ!って言ってくれるのを期待してたけど。
悲しい顔をして、泣くなよってなぐさめてくれただけだった。
「なったことはしかたねぇじゃん。前を向こうぜ」
「そんな…無理に決まってるよ。だって…将来の夢に関わってるんだよ」
嗚咽をもらしながら、私は名前の話もした。
「…ってお父さんに前に言われたんだけど…私の名前はそんなポジティブな理由じゃなかったんだよ。きっと…未来嫌いってそっちの方だと思う」
しばらく沈黙が続いた。
沈黙をやぶったのは、総太だった。
「なに言ってんだよ!名前だってもちろん大事だ…けどさ、名前だけで運命が決まるわけないだろ⁉︎綺楽がポジティブに思えば名前は尊いものになるし、ネガティブに思えば憎らしく思えるものになる。それは自分次第なんだよ!骨折したくらいで泣くな!夢を諦めるなよ!」
肩をゆさぶられて、説得されるように言われた。
「骨折したくらい…?野球バカの総太にはわかんないだろうね。総太っていういい名前をつけてもらって、夢を諦めるか諦めないかの境目にいる私の気持ちが…!簡単に言わないでよ!」
「なぐさめてもらうために俺を呼んだんじゃねぇのかよ!お前なんか、幼なじみでも女友達でもなんでもねぇ!そんなん夢を諦めないに決まってんだろ‼︎くだらない決断で悩むなよ!夢を諦めない1択しかねぇだろ!」
私たちは屋上で怒鳴り合い、総太はついに屋上から降りていった。
制服の中に、朝買ったばかりのつぶれたサンドイッチがはいっていた。
涙を拭いて、風に吹かれながら無心でサンドイッチを食べる。
なにもかもが悲しい。憎らしい。
この地球さえもが、悲しさを感じているように思える。
地球温暖化、汚染問題、森林破壊などなど。地球だってたくさんの問題をかかえている。
私の今の悩みだって、地球の数ある問題の中のひとつのようなもの。それくらい重要なのだ。
私の決断は、私にしかできない。私の決断の重さや軽さなんて私だけが決めること。今日ここに総太を呼んだのは間違いだった。
悲しくて、それを少しでもまぎらわそうとサンドイッチを強く噛みしめる。
いつもは心地良いと思う風も、今は生ぬるい風としか思わない。景色が色をなくしてしまったようだ。
私はバッグの中からジャージを取り出し、着る。そして、バッグを枕がわりに頭をのせる。
とても授業を受ける気にはならない。
頭の上では太陽が輝き、風が吹く。
暑い、生ぬるい、最悪。
未来に希望をもてない。
頭の中がゴチャゴチャしているようで、私は浅い眠りについた。
起きたのは、8時45分頃。なぜか屋上にある時計を見て、ふと思う。
約1時間寝ていた。
それにしても、暑い。
バッグからへこんだペットボトルを取り出し、ごくごくと喉へ流し込む。
屋上から降りることのできる階段に座り込み、ボサボサの髪を整える。
眠い目をこすりながら、あくびをする。
「んー」
のびをして、さっきの総太の言葉を思い出してしまう。
「あー、ねむっ」
わざと口して、考えを追いはらおうとする。
そして、階段の壁をけってみる。
ヒマなので、階段を降りた。勝手に足が向かった先には、図工室。
私は風景画が好きだから、気に入った景色はその場で描いてみる。
だから持ち歩いている画用紙をとって、右手で描く。
それは小学校低学年が描いたような下手くそな絵。
私は紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
こんなのコンクールに出すわけにはいかない。
絵以外に全力を注ぐことなんてできるわけがない。
本当にどうすればいいんだろう。
空き教室の電子黒板で、上手な人の風景画と検索してみる。
筆の使い方が本当に上手で、その筆から生まれるその人だけの線。
描きたくて、描きたくて苦しい。
今すぐ描きたい。
私は空き教室を出て、どうしようかと考える。
これから何をしよう。
少しの時間さえあれば絵を描く私が、1日も筆を持てていないなんて。
いっそ、ギプスをはずして悪化してでも絵を描いてしまうか。
ギプスをわろうとするけど、かたくて困る。
すぐにやめた。
「綺楽!ここにいたのか」
「どしたの、総太…」
「全校がお前を探してたんだよ。俺たちの秘密基地、屋上に今からバレないように行くつもりだったんだ。…やっぱ、図工室行きたくなるよな」
だから空き教室が多かったのか。
「これから説教されるのかな」
「当たり前だ。先生に報告するから来い」
腕を引っ張られるけど、私はつぶやいた。
「…嫌だ」
「は?何言ってんだよ、」
「嫌だ。今、授業受ける気分じゃない。説教される気分じゃない」
説教されると、私の存在自体が否定されているようで、苦しくなる。
それにこの心情で授業を受けても、不満がたまるばかりだ。
「綺楽…ワガママ言うなよ。もう子供じゃないんだろ?」
「そうだけど…」
全校が探すって大袈裟な、と思ってしまうくらいの私は、見つからない方がマシなのかもしれない。
「じゃあね」
総太にくるりと背を向けると、バカじゃねぇの、と声がした。
「何が」
私は足を止める。
「なんで悩んでんだ?お前は画家になりたいんじゃないのかよ。それなら夢を諦めないに決まってんだろ。お前は絵を描くのが好きなんじゃないのかよ?どうなんだ?」
「私は…絵を描くのが好き。だけどね、私が怪我している間に、大規模なコンテストがあるの。この手じゃ描けない」
右手では下手くそな絵になってしまう。
左手は描けるはずもない。
「その次でいいだろ、まったくお前はよぉ。次頑張ればいいだろ。これで終わりじゃないんだから。な?」
「チャンスを一回逃したってことになるじゃん。怪我した後だって、前みたいに描けなくなるかもしれない」
私が言い返すと、いきなり中1の女の子が現れた。
「あーっ、ここにいたぁ!なんで総太言わなかったの?未來さんいたって先生に知らせないとだよね、総太?」
なんのためらいもなく総太の腕と自分の腕をからめる女の子。
総太はクラスが違うから、その友達なんだろう…。
いや、普通の友達で腕をからめるか?きっと、あの子は総太のことが好きに決まってる。
「たしかにな、藤沢(ふじさわ)ごめん」
「全然だいじょ〜ぶ!はやく知らせよっ」
藤沢さんは私をチラリと見ると、総太と腕をからめながら廊下を歩いていく。
その後に私も続き、親にも先生にもさんざん叱られた。
なぜそんなに怒るのか。私が望んで授業を受けなかっただけなのに、大騒ぎになるほうがおかしい。
説教はやく終わらないかな、と目で総太を探してしまう。
親にも言えなかったことや、親の前では見せれなかった涙。
私が秘密にしてほしいことをバラしてないといいけど。
ようやく説教が終わったのは、1時間後くらい。
その間立たされてたなんて、自分が可哀想に思えてくる。醜く思えてくる。
「綺楽、めっちゃ叱られてたな」
「まだいたんだ…総太」
「ん。一緒に帰ってやろうと思って」
一緒に帰る⁉︎
「いやいや、遠慮します!」
「ち、ちげえよ!誤解すんな、綺楽の母ちゃんに頼まれただけだからな!ただそれだけだぞ!」
まったく、お母さんは余計なことを。
私ひとりで帰らせたら、またおかしなことをやらかすとでも思っているのだろう。
「…はーい」
「なんでそんな嫌そうなんだよ!」
「ふふ、なんでもない。行こっか」
私がせっかく覚悟を決めて言ったというのに、
「わりぃ、トイレ行ってくる」
って言われたから、待つことになった。
も、もう!総太と帰るなんていつぶり?
幼稚園?小1くらい?
少なくても5年以上は経っているはずだ。
「あれぇ〜?もしかして、未來さん?」
「あっ、藤沢さん、だっけ?」
「そうだよぉ、もしかして総太と帰るの?」
私がぎごちなくうなずくと、ふぅん…と目を光らせた。
「やめておいた方がいいよ。総太ね、実は変なウワサがあって…前に総太と付き合った女子がいるんだけど、一緒に帰ったら次の日から不登校になったんだって」
ウソでしょ、いや、ウソだよ、大丈夫。
きっと、藤沢さんは私たちの関係にやきもちをやいてるだけ…。
「それにね、気に入らない先輩は殴ったりもしてるらしいよ。ほら、あそこにいるでしょ。私がウソついてると思うなら、聞いてみなよ」
私はたまらず走り出した。
…総太を置いて。
ただのウソだってわかってるはずなのに。
「あれ、ここどこ…」
私は知らないところに来てしまった。
方向音痴なの、忘れてた…。
どうしよう、中1にして迷子⁉︎
「そ、総太〜…いる?」
私の声は夕方の空へとけこんだ。
交番あるかな?
あー、もうっ、どうしよう。
大人しく総太と帰っておけばよかった。
「おっ、綺楽!先帰るなら言ってくれよ」
「え、総太?なんでここに…?」
幻覚が見えたのかと思った。
私は総太の手を握ってみる。
「本物だ…」
「は?何言ってんだオマエ。マヌケな顔してるぞ」
「なんでここがわかったの?」
総太はキョトンとしている。
「…もしかして、迷子になったと思ってる?」
「…?そうだけど」
「この道、お前んち行くときのすごく遠回りの道だぞ。ジョギングとかでよく走ってる…って知らないでここ来たのかよ!そりゃ迷子になったと思うわな!やっぱお前ひとりだと変なことしかしねぇ」
私はプクッと頬をふくらませて、反論した。
「そんなことないし。だって、初めて来た道だからしょうがないもん」
「変わんねぇだろ、ほら、行くぞ」
そこで初めて、私は総太の手を握っていることに気がついた。
放して、というつもりだったけど…前よりたくましくて大きくなった手を放さないでほしくなった。
「綺楽、未来が怖いなら、タイムカプセルうめようぜ」
「タイム、カプセル?なにそれ」
「知らねぇのかよ!タイムカプセルっいうのは、ほら、アレだよ。今、手紙とか書いてさ、うめて、未来に開けるんだよ。未来の幸せをつかみとれよ、綺楽」
総太の優しさに泣きそうになった。
私は強く唇をかむ。
「うん」
「じゃあ、明日の秘密の約束。ゆびきりげんま〜んウソついたら針千本飲〜ます!ゆびきった!」
ちょっと音痴だけど、笑いながら約束をした。
幼稚園の頃も、こうやって何かを約束したことあったっけ。
いつも、みんなには秘密なって言われて、私は2人だけの秘密が増えていくのが嬉しかった。
「じゃあな、もう家の前だからな、迷子になんなよ」
「わかってるって、じゃあね、ありがとう」
「ん」
な、なんか、手をはなした瞬間、急にドキドキしてきたんだけど…!
ど、どうしよう。
「なにやってんの、私!」
パチンと頬を叩いて、真顔でただいま〜と言う。
「もうっ、なんで授業サボったのよ」
私が帰ったことには気がつかず、ブツブツと文句を言っている。
「あっ、綺楽…おかえり。ちょっと聞いて」
なんだか、嫌な予感がした。
「お父さんって今さ、県外にいるじゃん?だからお母さん…お父さんと関われなくて心から愛せない。離婚しようと思うの」
「ま、待ってよ。私、嫌だよ」
「実はね、思うの、じゃなくてもう離婚したの。これから、新しいお父さんが来るからね」
え…待って待って、展開がはやすぎる。
「こんにちは」
私は『新しいお父さん』を見てたまらず自室へこもった。
私は、スマホを取り出して、秘密のことを共有する相手に電話をかけた。
「もしもし…?」
『もしかして、迷子になった?』
「もう、やめてよ。…っ」
離婚のことを話そうとしたら、涙が出てきた。
『どうした?もしもし?大丈夫か、綺楽』
「辛いの。もう無理。嫌だ。…会いたいよ、総太。会って話したい」
私が素直な気持ちを伝えると、はぁと総太がため息をつく。
『将来の夢のこと?諦めるなって何度も…』
「違うの、離婚したの、私の親が。私に相談もせずに…!で、今度お母さんが再婚するんだって。お父さんは私たちのために県外に行ってまで働いてるのに、そんなお父さんを愛せなくなっちゃったんだって。お父さんよりも愛せる人ができて…私、どっちを選べばいいんだろう」
胸がしめつけられる。
苦しい。なんでこんなに神様はひどいの?骨折したうえに、親が離婚までするなんて。
『…あんなに仲が良かった綺楽の母ちゃんと父ちゃんが?…綺楽は、どっちか選ぶ必要はないと思う。休日とかに会いに行って、今は綺楽の母ちゃんの元にいればいいんじゃないか?』
「もう、『新しいお父さん』がうちにいるの」
『ん…じゃあ…』
総太が言葉をにごした。
「何よ、はやく言って」
『俺んち来ないか?』
は…?ええっ、えええええええ〜⁉︎⁉︎
「ちょっ、ちょっ、マジで言ってる⁉︎そんな…」
同居ってこと⁉︎
はぁ…⁉︎するわけ…
「綺楽!新しいお父さんのこと、悪く言うのやめてちょうだい!」
私はサッとスマホを背中に隠す。
「独り言がうるさいのよ、さっきから。静かにしてね!」
バタン、と乱暴にドアが閉まる。
「お願いします…」
『了解!準備できたら教えて』
私は旅行用の大きいカバンに、学校で必要なものや、生活で必要なものをいれていく。
「総太、どうしよう…全部はいらない」
『他のバッグにつめとけばいいだろ』
「それじゃあ重くて私が持てないもん」
私が思わず反論すると、思わぬ答えが返ってきた。
『俺が持つから必要なもの、全部いれてこい』
「あ、ありがとう」
私が30分かけて準備を終えると、私はお母さんと『新しいお父さん』の目を盗んで家を出た。
「よっ、綺楽。大変だったな。行くぞ」
「うん、ありがとう」
荷物を持ってもらい、夜道を歩く。
「綺麗だなぁ、夜空」
「だな」
夜空を見ていると、無性に悲しくなった。
総太の家について、インターホンを押す。
「こんばんは…」
『こんばんは!総太から話は聞いてるから、どうぞはいって』
「ありがとうございます…」
私は総太の家におじゃますると、総太のお母さんが微笑みながらむかえてくれた。
「すみません、私の事情なんかで…」
「全然いいの。総太の部屋で待っててくれる?」
「はい」
なつかしいなぁ、総太の家。
昔よく遊んだっけ…。
総太の部屋にはいると、野球のトロフィーが目に飛び込んできた。
「すごい…」
私が歓声をもらすと、照れたように笑った。
「ありがとな」
「私、ど…」
「ど…(うきょ)?」
同居なんて初めて、なんて言おうとして、慌てて口をつぐむ。
そりゃあ、総太だって初めてだよね。
「綺楽ちゃん、今は使われてないから汚いかもしれないけど、綺楽ちゃん用の部屋を用意したの。こっち来てくれる?」
「はい」
私は総太のお母さんに着いて行く。
「ここね、昔、私の母の部屋だったの。結婚してからは、この家を譲り受けたから、今はほとんど使ってないの。少し掃除したけど、汚かったら教えてね。一応、掃除セットは部屋の前に置いておくね。自分家だと思ってごゆっくり」
「ありがとうございます!」
レトロな雰囲気がなんとなく落ち着く。
荷物を取り出して、今必要なものだけを出す。
するとお母さんから電話がかかってきた。
出るか迷う。
そのとき、部屋がノックされた。
「はい」
「綺楽…大丈夫、出ろ」
私のスマホに表示された『お母さん』という文字を見て、うなずいた。
『もしもし綺楽⁉︎どこにいるの?戻ってきなさい!』
「…無理だよ、居心地悪いし」
強く言わないと、泣いてしまいそうだった。
それに気がついたのか、総太が手を握ってくれた。
『どこにいるかだけ教えなさい!』
「じゃあ教える代わりに、今私がいる場所に来ないで。それを約束するならいいよ」
きっと、ワガママね、と言いそうになったはずだけど、ため息をついて言った。
『わかったわ。それで、どこなの?』
「総太んち」
『週に一度、お母さんに会いに来なさい』
なんでそんなことをしなければいけないんだろう。
でもしかたない、これで無理と言ったら、今すぐここに来てしまう。
「土曜日に行くね」
『うん』
電話が切れると、私はため息をついた。
「総太、ありがと」
「どういたしまして。これ、母さんが。あと、風呂入っていいよだって」
「あ、ありがとう。お母さんにも、ありがとうって伝えてくれる?」
総太はうなずいて、部屋を出て行った。
カステラを受け取り、食べる。
すごくおいしい。なんだか心が少し和んだ感じがする。
「ごめんね、綺楽ちゃん。そういえば、手を怪我してるんだよね。手伝おうか?包帯巻くのとかならできるし」
ドア越しにそう言われて、私は、
「ありがとうございます、でも大丈夫です。あ、でも、私かなり時間かかりますよ?」
「平気だよ。綺楽ちゃんが最後だから。あと、夜ご飯は食べた?」
「食べました」
さすがに申し訳ないから、そこは我慢した。
カステラももらったし。
「カステラもいただいて…ありがとうございました。おいしかったです」
「ああ…いえいえ。お口にあってよかった。もしお腹いっぱいじゃなければなんだけど…夜ご飯を作りすぎちゃったから、食べてくれる?」
どこまで優しいんだろう、総太のお母さんは。
「ありがとうございます。いただいてもいいですか?」
総太のお母さんが、ドア越しに微笑んだのがわかった。
「もちろん。あとで、部屋の前に置いておくね」
「本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
本当に…家出した私にそこまでかまわなくてもいいのに、と言いそうになったけど、総太のお母さんは優しいし、困っている人を放っておけないタイプ。
「あの…もし私が邪魔になっていたら、帰ります」
「邪魔になんかなってないよ。気にしないで」
言い方を間違えた。いさぎよく、今すぐ帰りますと言えばよかった。
邪魔になっていたら、だなんてそんなことないと言うに違いなかったのに。
私は少しでも力になりたくて、ドアを開けた。
「せめて、お手伝い、させてください」
「大丈夫だよ。全然変わらないから」
「そんなことないです。だから、やらせてください!」
私が頭を下げると、ありがとうと微笑まれて、お願いするねと言ってくれたときは、すごく嬉しかった。
総太と同居して、3日が経った。
「未來さ〜ん?ちょっといいですか〜?」
「ふ、藤沢さん!どうしたの?」
シン、とした廊下に連れてこられ、藤沢さんがふりかえる。
「ね、総太と同居してるってホント⁇」
私はなんと返事をすればいいのか、黙ってしまった。
「反論しないんだね」
「総太と一緒に帰った子次の日不登校になったのって、転校したからなんだよね?」
これは前に、直接総太に聞いたことだった。
藤沢さんは強く唇をかんでいる。
「否定しないんだ?」
私が言うと、藤沢さんは顔を険しくする。
「総太のことが好きなんでしょ、藤沢さんは」
「あんたも好きでしょ」
「あんた『も』?ふふ、初めて藤沢さんが認めた」
私たちの間には、バチバチと火花が散っているように思える。
「まぁいいや。私のこと、なめるんじゃないよ」
藤沢さんは妙に悪い顔をしながら、笑顔で去った。
どっちなの⁉︎って感じ。
嫌な予感がした。

その予感は、次の日に的中してしまった。
新聞部から配られた新聞の見出しに、大きく
【1年生の高杉総太と未來綺楽が同居⁉︎】
と書かれている。
私は新聞を落とした。
心臓の音しか聞こえない。指1本も動かない。
私は教室を飛び出し、誰もいない図工室へはいった。
「『高杉総太さんと未來綺楽さんが同居していると思ったのは、私がたまたま通りかかったときに、同じ家に入ったからです。習い事があり、次の日にも通ると、そこでも同じ家に入っていました。そして…朝、友達と通りかかったときに、同じ家から出てきました。 目撃者はHさん』」
…は⁉︎Hって、絶対藤沢さんのことじゃん!
なにやってくれんの⁉︎目撃者って…‼︎
これが全校に広まってしまったのだと思うと、ぞっとする。
【高杉総太、未來綺楽、熱愛発覚!】
なんて見出しにならなければいいけど。
「あれ、ここにいたんだ」
「…藤沢さん」
「文句でもあるの〜?次号には写真付きで。な〜んちゃって。話題あることを提供したから、私、すっごく感謝されたんだよね〜」
この人がバラしたんだと思うと、つま先から頭の頂点まで怒りがつのっていく。
「ほら、これでも読んで。次号の新聞、私、特別にもらったから」
そういうと、意地悪な笑みで帰って行く。
私はおそるおそる新聞に視線を落とす。
「…『さて、前回の新聞を読まれたでしょうか。そこで、高杉総太さんのウワサをご紹介します!気に入らない先輩を殴っているそうなんです。 Hさん』…なにアイツ…」
私は藤沢さんの姿を探した。
「ちょっと藤沢さん!」
「何」
怪訝そうに眉を寄せ、私をにらんでくる。
「総太のこと好きなんでしょ?なんでそんなこと書くの?」
「書いたのは新聞部だよ。書くかどうかは結局新聞部が決めるんだから、私に文句を言われても困るよ」
「まだ配られてないなら、今すぐやめて」
藤沢さんは、微笑むと、無視して歩いて行った。
私は新聞部室をたずねた。
誰もいないかと思ったけど、一応のぞいてみると、人がいたから声をかけた。
「すみません、新聞部ですか?」
「そうですが…ってええ!もしかして、未來綺楽さん⁉︎ちょうどいいところに。今度の新聞、みる?」 
新聞部の3年生と思われる人が言った。
「そのことなんですが…もう新聞、みたんです。ウワサ、嘘ですよ」
「ええっ…藤沢さんが嘘を…?そんな…」
「藤沢さんは、嘘とわかってて言ったのではないと思いますよ。私もさっき知ったんです」
嘘という証拠もないけど、新聞でそんなことを書くのは許せない。
それに、藤沢さんだって何か理由があるはず。
「そうなんだ。ありがとね!書き直すよ!」
「こちらこそ…いつも新聞の情報に助けられてますから」
私たちは微笑み合って、新聞部室を出た。
一件落着、かな。
私は上機嫌で教室に戻ろうとしたら、たくさんの人に声をかけられた。
「もしかして、綺楽ちゃんだよね⁉︎」
「同居ってホント⁇」
「あの高杉と⁉︎」
質問ぜめにウンザリして、全て違います、と、ひきつった笑顔でこたえる。
私はまわれ右をして、新聞部室に戻る。
「度々すみません。同居のウワサ、嘘なんです。だから、それも次号に違いましたって書いてくれませんか?というか、お願いします」
「えっ、でも藤沢さんが見たって」
先輩も信じこんでいるようで、驚いた表情をした。
「実は…私、野球が好きなんです。だけど、女の子が野球って、と思われるのが嫌で、野球が上手な総太に、教えてもらっていたんですが…」
「そうだったんだ。でも、朝一緒に出てきたってのは?」
「あれは、下校してからすぐに総太の家に行くので、宿題も総太の家でさせてもらうんですけど、宿題を忘れてしまって、せっかくだから一緒に行こうって」
嘘にしては上出来かも!
私が自信満々に言うと、
「そっか。デマの情報は流せないもんね。それも付け足しておくね」
「はい!ありがとうございます」
「それと…野球も総太くんとも、頑張ってね」
カアッと体があつくなる。
先輩、なんてことを…!
「あ、はぃ…」
マヌケな声を出して、私は教室へ戻った。
案の定、教室でも質問ぜめ。
ようやく昼休みになると、総太が私を呼んだ。
誰もいないところへ来ると、
「タイムカプセル。まだ約束果たしてなかっただろ?まだ未来は怖い?」
「そりゃあね。でも、ここ数日間で少しは和んだよ」
「…よかった。じゃあさ、俺が綺楽にむけて手紙を書くから、骨折が治ったら読んで」
て、手紙⁉︎
ドクドクと心臓がはやく動いている。
「わかった」
総太は何分かしたあと、
「できた」
と言ってガチャポンのカプセルに手紙をいれた。
「校庭にうめるか。木の裏なら見つからないよな」
総太が園芸部から少し『借りた』スコップを持って、校庭に出た。
「借りたって、園芸部の許可を得てないんだよね?」
「気にすんなって」
「気にするよ!」
私たちはあまり人目のつかない小さな木の裏に穴を開け、カプセルをいれた。
「あー、総太の手紙楽しみ!はやく、手を治さないと!」
「そうだな。はやく治るといいな」
そうして私の頭に手を置いた。
ドキドキと心拍数が上がる。
心臓がうるさい。
隠しきれないこの気持ち__私、総太が好き。
「うん」
土をかけて、私は宝物をうめた気分になった。
私たちがもともとあった場所に返そうとすると、先輩が怖い顔で迫ってきた。
「何やってんだ!スコップ盗みやがって!」
「盗んでません、借りただけです」
すかさず総太が言い返す。
あやまればいいのに…!
総太が私を背中に隠すと、
「返せ!」
先輩がひったくるように私たちからスコップを奪う。
「すみませんでした」
私が頭を下げると、総太も渋々頭を下げる。
「まぁいい。もうやるなよ」
「はい。すみません」
タイムカプセルをうめて、先輩に怒られて、ようやく1週間が終わった。
「これからは別々に帰ろう」
総太も新聞を読んだのか、そう提案された。
「わかった」
少し寂しいけれど、しかたない。
私は先に、総太は後に帰ることになった。
「おじゃまします」
「あっ、綺楽ちゃん!おかえり。もう、ただいま、でもいいのに〜」
それはさすがに、と思って苦笑いを返す。
「総太は後に帰ってくるのかな?」
「はい」
明日はお母さんとの約束の日だ。
私はベッドの上で体育座りをした。
『明日、絶対に来なさい』
お母さんからのメッセージ。私は無意識にスマホをにぎりしめる。
『わかった』
震える手で返事を返す。
お母さんと会うということは、『新しいお父さん』とも会うことになる。
「ただいま、綺楽、部屋入るよ」
「うん」
「…っと、もしかして明日?」
私がうなずくと、俺も行く、と言い出した。
「いいよ。これは私たちの問題だし」
私は太ももと太ももの間に頭をはさんで言う。
「じゃあ、いつでも連絡しろよ。辛くなったら俺が行く」
総太はスマホをにぎって、振っている。
「ありがと」
「あのさ…もしよかったら」
「何?」
総太は顔を赤く染めたあと、
「やっぱなんでもない」
と告げた。
「気になるじゃん!」
「俺の母ちゃんに見つからないように、2人で寝ない?」
あ…?ええ、何、何、何〜⁉︎
一緒に寝る、だと⁉︎
「嫌ならいいんだ」
そっぽを向いてしまって、私は慌てて違うよと否定する。
「頭が整理できなかっただけ。一緒に寝よう」
照れたように笑うと、私たちはベッドにもぐりこんだ。
「懐かしいね…」
私は仰向けになりながら、暗闇の空間にむけて言った。
「ああ。昔、お泊まり会したよな。2人だけで」
でも、隣には総太がいる。
「ちょっと寂しかったけどね」
「たしかに」
「…総太、いる?」
総太は何も言わずに手をつないだ。
暗闇でよかった。
私は目をこすり、知らないうちに眠りについた。

「んん…ん?」
朝になり、目を覚ますと、危うく絶叫しそうになったから、口をおさえる。
総太は私を抱きしめていたのだ‼︎
私は総太を押しのけて、ベッドからおりる。
総太はぬいぐるみを抱きしめて寝ているらしい。(しかも、前に夏祭りの射的の景品のヤツ)
私はぬいぐるみだと思われたのだろうか。
はやめに準備をして、そろりと廊下に出る。
「綺楽ちゃん!もう起きたの?」
「あ、はい。お母さんに会ってきます」
総太のお母さんは目尻を少し下げた後、いってらっしゃいとお見送りしてくれた。
「ただいま」
「綺楽ちゃんか〜!未來の娘だよね。かわいいなぁ」
お母さんよりも、『新しいお父さん』がはやくむかえてくれた。
「…おはようございます、『新しいお父さん』」
「あはは、僕のことお父さんとか、慎一(しんいち)って呼んでくれてかまわないから」
誰が『お父さん』なんて呼ぶか、と思い、無視して部屋にはいる。
自分の家なのに、すっかり他人の家にお邪魔しているようだ。
「綺楽!何勝手に家出しといて、よく普通に現れるわね。ごめんなさいとかないの?」
私は怒り以外に感じなくなった。
「え…?ごめんなさい?離婚したのはお父さんとお母さんでしょ!なんで私があやまるの⁉︎勝手に新しいお父さんと結婚してさ!もう帰るから」
「待ちなさいよ!親の事情というものを知らないで!朝ご飯は食べていかないの?」
「食べる」
お母さんと慎一さん(心の中で呼ぶことにした)と食卓を囲み、朝ご飯を食べる。
複雑な味がして、あまりご飯の味がしなかった。
「ごちそうさま。お母さん、総太んちに持ってく食材とかは?」
「これ、持ってて。ちゃんと手伝いしてる?」
「してるよ。じゃあね」
離婚って本当によくないものだ。
再婚も私の許可を得ずに…‼︎
私が家を出ると、慎一さんも一緒に外へ出た。
「綺楽ちゃん。今度未來にプロポーズするんだ。どういうシチュエーションがいいと思う?海で打ち上げ花火の後とか?それとも、高級レストランで…」
「勝手にすれば」
私は妄想の世界にはいっている慎一さんに声をかけ、総太の家へ戻った。
総太のお母さんに私のお母さんからの食材を渡し、部屋へ戻る。
「総太?もう朝だよ」
「んー…まだ夜だよ」
総太は寝返りをして、目をこする。
「…お母さんのところ、行ってきた」
「マジで⁉︎ごめん!」
総太はガバッとベッドから起き上がる。
それから1週間が過ぎた。
なんでもない日になるはずだった、今日。
『今週の土曜日に、結婚式をあげるんだ』
電話をしている相手は、慎一さん。
『ぜひ綺楽ちゃんにも来てほしい』
「無理です」
…バーカ。
誰が行くか。
『即答⁉︎まぁいいや、結婚式の写真送るね』
「楽しみに待ってませんから」
『楽しみに待っててね〜、切るねー』
私が電話をきった。
結婚式の日は、お父さんと会う約束をしている。
結婚式でもある日、私はお父さんに会いに行った。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「ううん。お仕事、大変?」
「いや?わりとお金持ちになったからね」
そっか。今まで3人分働いてきたから、少しは楽になったんだ。
「…お父さんは、離婚に反対だったんだ」
「え?」
「嫌だった。県外にいても、お母さんのことが、好きだった。だけどね、お母さんにはもうその気がないならしかたないよ。で、諦めたんだ。お母さん、ひとりで寂しくやってないか?」
…知らないんだ、再婚のこと。
私は仲良しだったお父さんとお母さんを思い出して、すごく苦しくなった。
「苦しめてごめんなぁ…そうだ、今からうまい店に行かないか?お父さんオススメの店があってな…」
「再婚。するんだって」
これは、お父さんを苦しめることだったのかもしれない。
「お母さんが?」
お父さんは、信じられないとばかりに目を見開く。
「今日、結婚式なんだって」
「綺楽は…」
「私は新しいお父さんが好きじゃない。だから、今は総太の家で泊まらせてもらってる」
お父さんはため息をつく。
「そうか。総太くんと、うまくやってる?」
「もちろん。実はね、総太のこと好きなの」
お母さんには言えない言葉が、スルリと出てきた。
「おおっ、マジか!うまくいくように願ってるぞ」
「ありがとう」
前は、ここにもいたんだけどな。
微笑みながら私たちの会話を見守ってくれるお母さんが。
私が悲しい顔をしたのに気がついたのか、
「今度にするか、うまい店。今日は、綺楽も帰った方が良さそうだな。また、来てくれるか?」
「うん。またね」
私は総太の家に帰ってくると、総太が心配そうな顔でむかえてくれた。
「大丈夫だったか、綺楽」
「うん、全然大丈夫、だった…っ」
私が泣きそうになっているのに気がつくと、総太は慌てて私の部屋に連れて行ってくれた。
「…辛いよ、総太。もう離婚とか意味わかんない。私の気持ちを考えてよ…!そう思っちゃう。お父さんは離婚に反対だった。それが余計に辛かったの…」
「…俺は綺楽の気持ち、わかってやれないけど…辛いなら助けになりたい。少しでも。俺にできるのは、綺楽がここで暮らして、ちょっとは楽になってくれることだけだ」
私は夕方になるまで泣き続けた。
総太も何も言わずにいてくれた。
夜、慎一さんが結婚式の写真を送ってきた。
私は慎一さんとお母さんのラインをブロックし、友達から消した。
「…さようなら。私、もう1週間に1回、お母さんの家に行かないから」
私は画面にむかってそうつぶやいて、お風呂にはいる準備をした。
次の日、本当はお母さんの家に行く日だ。
「えっ…⁉︎」
スマホを見て、すっとんきょうな声を上げたのは。
お父さんから、
『うちで暮らさないか?』
というメッセージ。
私はパジャマ姿のまま、総太の部屋にノックをせずにはいった。
「総太?これ見て!」
ベッドで眠そうにこちらを見つめているのは、まだ起きたばかりということ。
「ん…?ど、どうするんだ、綺楽⁉︎」
妙に驚きすぎる総太に心の中で苦笑しながら、
「どうしよう…困ってる」
たしかに、お父さんのもとで暮らせば総太にも迷惑をかけずに、お母さんの家にも行かなくて済む。
だけど…総太とはなればなれになってしまう。
学校も転校しなければいけない…。
『骨折が治ってからでもいい』
お父さんがまたメッセージを送ってきた。
『それか、夏休みになってからか』
『考えておいて』
OKスタンプを送り、考える。
本当にどうしよう…。
『いつまでも総太くんの家に迷惑かけるわけにはいかないだろ。どっちかにして』
選択肢はふたつ。骨折が治ってからか、夏休みになってからか。
夏休みはあと1週間くらいでやってくる。
骨折はあと2週間くらいで治る。
『骨折が治ったらにする』
『了解』
ああ…返事をしてしまった。
総太に言わなければ。
「骨折、治ったらお父さんのところに行くね」
「…そうか」
「うん」
総太も辛そうに見たのは、私が辛すぎて、少しでもそう思ってほしいからかな。
「遠くはなれても…友達でいてくれるか?」
『友達』やっぱり、総太はそうとしか思ってないのか。
涙が出そうになるのを必死にこらえて、
「うん」
なんとか言えた。
「そういえば、書くときはどうしてるんだ?」
「右手だよ?下手くそだけど、字は最悪下手でもいいから」
「へぇ…」
なんとなく気まずくなってしまって、私は総太の部屋を出た。正確には、出ようとした。
「綺楽。思い出、つくろうよ」
総太に呼び止められた。
「思い出?」
私は振り返る。
「今から、どこか行かない?」
「どこかって?」
「思い出に残りそうな場所」
それって、どこだろう。
でもやっぱり、はじまりの場所がいい。
「あの橋に行きたい」
「了解っ」
一度部屋に戻って身だしなみをチェックする。
ワクワクして、廊下に出た瞬間ダッシュをする。
「わっ」
総太が目の前に現れて__
転ぶはずだったのに、気がついたら抱き止められていた。
「だ、大丈夫だってば!行くよ!」
「はいはい」
“そこ”は、歩いて40分くらい。
ようやく着くと、懐かしさがこみあげてきた。
「懐かしいな。一歳のお前が、橋を猛スピードで走ってたよな」
「うんうん。それで、総太にぶつかっちゃって。総太、わんわん泣いてたよね」
「そう、それでさ、綺楽のお母さんがごめんなさい、ごめんなさいってすごくあやまってて」
そこで私たちは顔を見合わせて、微笑みあった。
「それが、今、ここにいるなんて。12年後には、こうやって話してるんだね」
「たしかに」
「あのときは、総太、すごい泣き虫だったなあ」
かすかにある記憶が、鮮明に思い出されていく。
「でも、すぐに泣き止んで、通行人の足につかまって、2人で遊んでたら、オッサンにめちゃくちゃ怒られたよな」
私はその頃を思い出して、苦笑する。
「それで、橋に登って川に飛び降りようとしたら、お互いのお母さんに止められて。結構問題児だったね、私たち」
「綺楽は今もだろ。そこでは、バイバイってしたけど、支援センターでも会って、俺たちが楽しそうに遊ぶから、親が連絡先交換して、しょっちゅう遊ぶようになって」
「綺楽は今もだろ、って余計なひとこと!小学校も一緒で、ビックリしたよね」
私たちは風に吹かれて、真下の澄んだ川を見つめた。
総太が、さりげなく私と恋人つなぎをする。
「俺のこと、忘れないで」
「うん」
私は総太に抱きしめられていた。
涙が出る。本当に、お別れになってしまうんだ…。
「嫌だなぁ…なんでこんなことになっちゃったんだろう」
総太は私の頭をなでた。
「いつも一緒だったよな、俺たち」
ふいに、総太が言った。
私たちは、本当に助け合ってきた。
「そうだね。支援センターで、総太が女の子にからまれて嫌な思いしたら、私が言い返してたし」
「綺楽が男の子と無理矢理、野球部しようぜって誘われたときには、俺がバッドで球をうって、顔面に当てたし」
あの頃を思い出して、ちょっと笑える。
「あれはやりすぎだったけどね…」
また少し、悲しくなってくる。
「「ずっと一緒にいたいのに」」
そんな願いもむなしく、骨折が治ってしまった。
あのときは、絵を描きたくて、はやく治ってほしかったのに。
休日、私はなくなくお父さんのところへ行く準備をしていた。
「じゃあね…」
部屋をノックして入って来た総太に、泣き顔で別れを告げる。
「うわっ!」
いきなり手を引かれ、しかもダッシュする。
「ちょっ、ちょっ、総太!どこ行くの⁉︎」
「学校!」
「学校は休日は侵入禁止じゃ…!」
総太はそんなこともかまわず、門を飛び越えた。運動神経がいいところ、こんなところで発揮されても困るよ!
「ほら」
手を出されて、私も握り返す。
そして、もちあげてもらう。
「うわっ、重っい!」
「サイテー‼︎」
「急ぐぞ、バレないうちに!」
私たちはまた校庭をダッシュする。
「はぁっ…はあっ…」
総太は息切れせずに、小さな木の裏を掘り始める。
「タイムカプセル、開けないと意味ないだろ…!」
私たちは懸命に掘り続け、ようやく私のスコップがプラスチックにあたった。
「よし…!」
「なにやってんだァァァァ!」
「まずい、先生だ!」
私はカプセルを握りしめて、門を飛び越えた。
「やればできるじゃん!」
上から目線の総太にほめられて、なぜか、嬉しくなる。
総太も門を飛び越えた。
「またダッシュ?」
「もちろん!」
あがる息を整える暇もなく、また走り出す。
「未來さん」
呼び止められて、止まる。
「あっ、藤沢さん」
藤沢さんは見たことないほど、穏やかな目をしていた。
「総太にまつわるウワサ、全部ウソだから。あのときは、総太を傷つけるしか、他に方法はないと思ってた。それほどまでしないと、あんたは総太からはなれないと思ってたからさ。これからは、正々堂々、勝負するよ。また、月曜日ね」
「私ね…転校するの」
「…へぇ。恋のライバルがいなくなって助かるよ。転校したところでも、頑張って。あんたなら、できるよ」
藤沢さんは不器用なのかもしれない。
これでも、私を応援してくれてる。
「ありがとう。遠くはなれてても、総太はゆずらないからね」
「それはこっちのセリフ」
連絡先を交換して、また会おうねと告げる。
藤沢さんも、ちょっとだけならあんたの顔を見てやってもいいよと言うことで、私は苦笑する。
「最後なんだけどさ、同居してたってホント⁇」
「それはね、ヒ・ミ・ツ!じゃあね!」
私はごまつぶくらいになってしまった総太の背中を追いかける。
準備をして、駅の改札まで送ってくれた。
「総太…今までありがとう。総太のお母さんにも、ありがとうって伝えておいて。それじゃあ…」
「綺楽‼︎」
耳が痛くなるほど、叫んだ人がいた。
…私のお母さんだ。
「なんで会いに来なかったの…約束でしょ!」
最後は冷静に。
そう考えて、深呼吸をする。
「ごめんなさい。でも、離婚とかありえないから。まだ、私には現実を受け止められてない。新しいお父さん…慎一さんだって好きじゃない。だから、さようなら」
言えたいことは言えた。
私は電車に飛び乗り、イヤホンをつける。
周りの音は聞こえなくなった。
それでも、聞こえた音があった。
電車が進む__
「綺楽ぁっっっ!また、絶対会おうな!約束!綺楽のこと、…きだぁ!」
総太が電車を追いかけている。
私は涙を流して手を振った。
総太も手を振りかえす__
「綺楽!待ってたよ」
気がついたら、お父さんが目の前にいた。
「さぁさ、はいって」
お父さんとの話が終わると、私は与えられた自室でカプセルを開けた。
「『綺楽へ
直接言えなかったことを申し訳なく思う。
好きだ。大好きだ。
手紙で告るなんて、俺、恥ずかしいにもほどがあるかもれしない。
骨折、治ったら絵を描いて、俺にプレゼントしてよ。楽しみに待ってる』…」
私は涙が出た。
最後言ってくれた言葉は、好きだぁ!だったんだ。
「私も好きだよ、総太…」
私は紙をそっと抱きしめる。
「あれ?」
まだカプセルの中に入っている。
「『これは、綺楽が引っ越すとわかって書いた手紙です』?『夜、俺は起きてこの手紙を書いて、学校に行って、カプセルの中にうめた。絶望する綺楽の姿を見て、怒ることで、俺のことで頭の中がいっぱいになってくれたら、少しでも骨折のことを、未来のことを忘れられるんじゃないかと思ってた。けど、逆に傷付けてたらごめん。この手紙を読んでくれた今、あのはじまりの場所に来て』」
私はお父さんにちょっと出かけてくる!とだけ伝えて、また電車に乗り込み、はじまりの場所へと急いだ。
「総太‼︎」
「綺楽…手紙、読んでくれたんだね」
私は走って総太の腕の中に飛び込む。
「総太ぁ…好きだよ、大好きだよぉ…」
「俺の方が、だけど。大好き」
「また、会えてよかった。これからも、よろしく」
私たちは、大空の下、はじまりの場所、橋の上で微笑みあった。
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