ミルクティーの音色
『佐々木さん、何かあった?』


え?と思わず聞き返した。
渋谷先生と目が合う。言うべき言葉を探して、瞳が揺らめいている。


『何かあったなら、話聞くよ。だって俺、彼氏だし』


言った後に頬を赤らめる渋谷先生が、なによりも愛おしく思えた。
ずっと一緒にいたい。
私の願いは、望みはそれだけだ。


『じゃあ、放課後に。音楽室で』


渋谷先生の顔を見たいようで、見たくなかった。
怖い。
やっと触れることが出来た幸せを、取りこぼしてしまいそうで。


ぎゅっと握り込めていないのに、触れることしか出来ていないのに、私の手からすり抜けていってしまいそうで。
渋谷先生の顔をよく見ないまま、私は小走りで教室に向かった。


授業中に浮かぶのは、渋谷先生の笑顔。
ピアノに向かっているときの笑顔。
私だけが瞳に映っているときの笑顔。


渋谷先生には笑っていて欲しい。
未だうなされ続けている渋谷先生の瞳にかかっている前髪をはらった。
汗ばんだおでこに触れる。ぴくりと瞼が動き、少しずつ瞳に光が灯った。
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