ミルクティーの音色
「あれ、俺寝ちゃってた?てか暑いんだけど」

「先生だいぶうなされてましたよ。大丈夫ですか?」

「え?あぁ、まぁ。ちょっと悪い夢でさ。大丈夫だよ」


前髪を手でかきあげ、大きくため息をつく。
その些細な仕草にすら、私は見とれてしまう。


「いやー、ほんと悪い夢だった。佐々木さんが俺のこと置いてっちゃう夢」


茶色い床に注いでいた視線を、反射的に渋谷先生に向けた。
渋谷先生は力なく笑い、ポロンとピアノの音を鳴らした。


「すっごい怖かった。名前呼んでも、全然振り向いてくれないの。腕掴んでみても、すぐ振り払われる」


そこで渋谷先生は言葉を切った。
再びピアノに顔を埋める。


「俺もう、佐々木さんがいなきゃだめになっちゃったかも」


顔を上げた渋谷先生は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。
焦げ茶色の瞳には涙が溜まっていて、瞬きひとつしたらこぼれてしまいそうだ。


私はゆっくりと手を伸ばし、ピアノの鍵盤に乗った渋谷先生の指に触れた。
白くて細い、でも男らしい手。
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