ミルクティーの音色
俺はもう少しピアノを弾いていたかったので、黒くて重い蓋を閉めることはしなかった。
リュックを背負った香音を見送り、ピアノの前に戻る。


それにしても、香音はみるみるピアノが上達している。
お世辞抜きで、才能があるのではないかと思ってしまうほどだ。


立ち上がり、楽譜をしまっている棚に向かう。
所謂初心者向けと言われるような、簡単な曲の楽譜をいくつか引っ張り出す。


楽譜を開いて譜読みする。
以前香音は「楽しい曲が弾きたい」と言っていたから、今見ている楽譜の曲は合わないかもしれない。


楽譜を取り出しては開き、また棚に戻し、また取り出す。
それを何度か繰り返すと、やっと良さげな曲が見つかった。


置いていたメトロノームを指定のリズムに合わせる。
ゆるやかな、アダージョと呼ばれるリズム。
ピアノの譜面台に楽譜を立てかけ、少しずつ弾いてみる。


曲が中盤にさしかかった頃、なにやら視線を感じた。
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