ミルクティーの音色
意表を突かれた。
薄々感じていたのだ。きっと俺は、町田先生との連弾を心から楽しめていないと。


楽しいことには楽しいのだ。
ただその楽しさに、真新しさはない。


長いこと感じていた、単純な楽しさ。
それを得てもなににもならない。意味を成さない。そんな、楽しさ。


数ヶ月前まで、この楽しさしか得られないと思っていたのに。
今の俺は、それ以上に楽しいことを、心躍ることを、知ってしまった。


───大好きな人と、ピアノを弾く。


隣を見れば、好きな人がいる。
見つめれば、笑ってくれる。
肩をつつけば、やり返すようにつつき返してくる。


何気ない、それだけのことが、俺には楽しくて堪らないのだと。
違う人と連弾をしているのに、俺は、ひとりのことだけを思い浮かべているのだと。


「さっき一緒に連弾した人のことですか?」

「なにが、ですか」

「渋谷先生、誰かのことを思い浮かべてるのかなって。隣で弾いてるのはわたしなのに、先生はわたしを捉えてない」
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