ミルクティーの音色
「佐々木さんとのこと、言わないでおきます。……まだ」


冷ややかな笑みを浮かべたあと、ドアがぴしゃりと閉まった。
途端に俺は感覚が戻ってきたような気がした。


未だ冷や汗は噴き出したまま。
息が荒い。右手が小刻みに揺れている。
細かく脈打つ心臓を抑えようと、俺は右手をピアノの鍵盤に乗せた。


頭の中が真っ白になっているのか、旋律は完璧に覚えているのに、手だけが動かない。
ここの音が始まりで、左手はここで。すべて分かっている、分かっているのに、脳が機能しない。


むしゃくしゃする気持ちをすべてピアノにぶつけ、両手で思いっきり鍵盤を叩いた。
ひどい音が音楽室に鳴り響く。


町田先生は、『まだ』言わないでおくと言っていた。
香音との関係が公になるのはいくらか先のことなのだろうか。


もしこの関係が、世間に明らかになったら?
俺はクビ、香音は退学だ。
そうなる前に、身を引いた方がいいのかもしれない。
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