ミルクティーの音色
その横顔に見惚れていると、ピアノの音が止み、ふと先生がこちらを向いた。


「あ、佐々木さん」


何か言わなくてはいけない。
身体を動かさなきゃいけない。
頭では分かっているのに、私は今渋谷先生が生み出した旋律の中にいて、そこから抜け出せそうにない。


渋谷先生が椅子から立ち、私の方に歩いてくる。
渋谷先生の歩き方は軽やかだ。
飛び跳ねるみたいに、スキップするみたいに歩く。


───どこかに、飛んでいってしまいそう。


そんなことを、上手く動かない頭で考えていた。


「ねぇ、なに突っ立ってんの。取りあえず入れば?」


私はなんとか身体を動かし、音楽室の中に入った。
こんなことは初めてだった。


音楽で心が震えるなんてこと、なかった。
周りが感動したとか号泣したとかいう音楽を聴いても、私の心にはなに一つ響かなかった。


それなのに、先生の弾いた音色は、私に溶け込むようにすっと入り込んできた。
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