ミルクティーの音色
手を洗って部屋に戻ろうとすると、物音に反応したのか母親が起きていた。


「あれ香音、帰ってきてたの」
「うん、今帰ったとこ」
「そう」


階段を二段ほど上ったところで、母親が思い出したように声をあげた。


「あ、ねぇ香音」


甘ったるい声色と、頼み込むような口調。
母親が何を言いたいのか、悟った。


階段で立ち止まる。
振り向きたくない。
そう思えば思うほど母親は私を呼んで、振り向きざるを得なくなる。


「なに、お母さん」
「ちょっとでいいの。貸してくれない?」


ほら、やっぱり。
私はしぶしぶ頷くと、部屋に入り、財布から紙幣を数枚抜き取った。


リビングに戻って、母親に渡す。
かっさらうような速度で奪い、すぐに自分の鞄に押し込んでいた。


───どうせ、その金も男に使うんでしょ。


母親は父親がいない寂しさなのか、愛されていたいという欲からなのか、常に複数の男と関係を持っている。
嫌われかけたら捨てる。
捨てられることはしないの、と酔ったときに呟いていた。


「ありがとね香音。ほんといい子」


何も聞かなかったふりをして、部屋に戻った。
ドアを閉めた途端、ずるずると崩れ落ちる。
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