ミルクティーの音色
昂ぶっていた感情が、さらわれるように消えていく。
途端に音が消え、すべてを失ったような感覚がする。


ずっとピアノを弾き続けることが出来るならそうしたい。
だが生憎、人間は動き続けることが出来ないようだ。


高校時代の夏休み、一日中ピアノに向かった日があった。
弾き続けているとまず腕の感覚から消えていき、次第にリズムを掴めなくなる。
指先の動きもままならず、二分程度の曲ですら終わらせることが出来ない。


ペダルから足を離し、鍵盤から指を遠ざけた瞬間、尋常じゃない量の疲れが俺を襲った。
倒れるように眠り、その後は二日間ほど手足に痺れが残った。


母親は俺を心配し、俺とピアノを切り離そうとした。
俺は全力で拒んだ。特に頭がいいわけでもなく、運動が出来るわけでもない。
俺にはピアノしかない。
ピアノすら奪われてしまったら、残るのは心に穴を開けたひとりの男だけ。


今もピアノとは離れられず、何もしないでいると自然と身体が動き出す。
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