ミルクティーの音色
「空が好きだったんです、昔。自分を包み込んでくれるみたいで。だから雲も好きで、色々調べてたんですけど。今はもう、嫌いになっちゃいました」


『嫌いになっちゃいました』
そう話す佐々木さんの顔には、自分への哀れみやら怒りやら、そういったものが含まれているように思った。


どうして、空を嫌いになってしまったんだろう。
嫌いになるような出来事でもあったのだろうか。
過去のトラウマは一度植えつけられれば消すのは難しくなるというし。


佐々木さんに何があったのか。
知りたいけれど、聞くべきは今ではない。
ちゃんと、ふたりきりになれるような場所で。
もっと、時間があるときに。


「もうすぐ時間だよ、戻ろ」


俺は立ち上がり、佐々木さんに手を差し出す。
暗がりに立ち止まったまま動けない、お姫様を救い出すように。


佐々木さんが腕を伸ばす。ゆっくりと、ゆっくりと。
その時間が、俺には永遠のように思えた。
俺と佐々木さんがいるこの数メートルの空間だけ、時の流れが違う。


ゆったりと流れていく時間。心地いい空気。
佐々木さんが俺の手に触れようとした瞬間、屋上のドアが開いた。
すぐにお互い手を引っ込め、ドアの方を見る。
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