太陽みたいなキミだから
 五月とはいえ、夕方になれば肌寒い。
 地平線だけほんのりピンクに色付いた空は、見渡す限り雲ひとつなく、忌々しいほど清々しい。

 サッカー部の声が風にのって聞こえてくる。
 フェンスギリギリまで歩いて彼らの姿を確認すると、その小ささに思わずホッと息をついた。
 この距離なら見られることはないだろう。

 わたしは、手にしていた絵を無造作にちぎった。
 一度、二度、三度。
 そこへ、タイミングよく強風が吹いてきて、わたしはスカートを抑えるのも忘れて絵だったもの(・・・・・)を空へと思い切り解き放った。
 一瞬にしてそれらは、風にのって散り散りに飛んでいく。
 ひらひら、ふわりと、空の青に溶けて、みるみるうちに見えなくなった。

 終わった。あっけなかった。
 絵が好きだった。
 絵をもっと描きたかった。
 本当は、美術科のある高校に行きたかった。

 だけど――。

『芽衣、わかってるわよね』

『あなたは大丈夫って、ママ信じてるから』

『もちろんパパの跡を継ぐわよね?』

『芽衣』『芽衣』『芽衣』

 お母さんの声が耳の奥でこだまする。フェンスをしっかり握っていないと立っていられないくらい、激しい目眩が襲ってきた。

『芽衣、あなたはお兄ちゃんみたいにはならないわよね?』

 そうだよね。
 わたしは、お兄ちゃんの代わり。
 成績優秀で、大人しくて、しっかり者で、お母さんの言うことを素直に聞いていたお兄ちゃん……の、代わり。

 最初からわかっていた。
 本当は、ずっと前から知ってたんだ。
 
 誰からも必要とされていないってこと。
 友達からも、実の親からも。
 誰も、わたしを『わたし』として認めてくれない。

 ――わたしを見てくれない。

『あなた、部活は辞めなさい。絵だとか、そんな無駄なものに時間を使っている暇なんてないのよ。あなたはお兄ちゃんと違って出来がよくないんだから……しっかりやらないと。ねぇ、芽衣』
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