白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「ふふ……! ふふふ……!」

 不気味な笑い声を上げた院長は、両手を天井へ広げて歓喜する。

 ――ついに頭がおかしくなったか。

 この場に集まった医療従事者達が警戒する中、院長は声高らかに宣言した。

「私の後釜に腰を据えるのが得体のしれない人間ではなく、息子であることに感謝する!」

 久松先生の父親は、自分の都合がいいように解釈したのだろう。
 息子が院長になれば、外部の人間よりは裏で操りやすいと考えたのだ。
 不敵な笑みを浮かべたまま、彼は宣言する。

「いいだろう。私は本日をもって、院長を辞職する」
「素敵な返事が聞けて、息子としても誇らしい限りだ」
「今後は会長として――」
「あなたは今後、この病院の経営にかかわることはありません。お疲れ様でした」

 だが、その考えが誤りであることはすぐに院長の知るところとなった。
 久松先生が感情の籠もらない美声で、印籠を渡したからだ。

「なっ!? どう言う事だ!?」
「連れて行け」
「おい! 和典! 話が違う……!」

 元院長となった久松先生の父親は、大声で怒鳴り散らしていたけど……。
 両脇をスーツ姿の男性達に抱えられ、会議室をあとにした。

「――騒がせてすまない。今日この場を持って、俺が松ヶ丘総合病院の院長を務めることになった」

 久松先生の口から紡がれたのは、予想外の展開で院長に就任したことへ対する挨拶だ。

 私達にとっては想定していなかったことでも、彼はこうなることを予測していたんでしょうね。
 それらはすべて淀みなく、威厳のある低い美声で語られる。

「俺が院長となったからには、働き方改革や患者の治療を第一に考え、地域に寄り添う病院を目指す。これからよろしく頼む」

 頭を下げた彼に、誰かが拍手をした。
 音のした方向を見つめれば、最初に手を叩いたのは研修医の佐野先生だったことに気づく。

 数週間前は、あんなに久松先生を怖がっていたのに……。
 院長に就任した途端、手のひらを返して暖かく迎え入れるなんて。

 やっぱり、権力って凄い。

 私は感心しながら、盛大な拍手で彼の院長就任を祝った。
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