白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
 元院長が経営に携わっている間に松ヶ丘病院で働いていた医師達は、どんな理不尽にも耐えうる精神力を持っている。
 今すぐ彼らのクビを切るわけにはいかない事情が、彼にはあった。

「いや。しかし……俺が無理をすれば……」

 現状維持を宣言した久松先生は、頭を悩ませている。
 ブツブツと小さな声で呟かれる独り言が、不穏な単語ばかりなのが気がかかりだ。

 ――どうにかして今すぐ私を、手に入れたがっている。

 久松先生は心から、私を欲しているんだ……。

 彼の想いを実感した私は、意地悪なんてする必要はないと反省する。

「――冗談です」

 何年も同じ病院で同僚として働いてきたが、業務中はほとんど関わりがなかったのだ。

『手術後に抱かせろ』

 そんな最低で最悪な発言と天使呼びのせいで、恋愛対象になるわけがないと決めつけてたけど……。

 ――私はいつの間にか、悪魔に魅入られていたらしい。

「診療が終わったら、時間取れますか」
「もちろん! 診療が終わったらなど悠長なことを言わずに、今すぐ……」
「仕事中ですから。患者のことを蔑ろにする院長は嫌いです」
「ほ、穂波……!」

 久松先生はまるで捨てられた子犬のように、潤んだ瞳で私を見つめてきた。
 息子が止めに入った時点で私を襲う気にもならないのか、元院長も目を丸くして彼のことを凝視している。

 悪魔と呼ばれた冷酷な外科医の姿など、どこにもない。

 彼は私を前にすると、いろいろな意味でキャラが崩壊するのだ。
 あれは私の前だけで見せる、幻覚ではなかったらしい。

 夢だったら、どんなによかったことか。
 どれほど願ったところで。
 彼が私を天使と呼んで崇拝しているのは変わらないし、受け入れるしかないのだろう。
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