白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「助けて頂き、ありがとうございました。業務に戻ります」

 頭を下げて久松先生から離れようとしたけれど、背中に回る手は強い力で私を抱きしめ続けている。
 このままでは、また仕事を長々サボることになってしまう。

 ――同僚に迷惑などかけられない。

 私は久松先生の説得を試みた。

「患者のことを第一に考えるって、約束しましたよね」
「しかし……!」
「業務終了後に会うって話、なかったことにしてもいいんですよ」
「それは駄目だ!」
「なら、離してくださ……」

 私の言葉は、最後まで声に出せなかった。
 身体の奥底から、急に吐き気がせり上がってきたのだ。
 思わず口元を両手で抑え、彼の胸板へ力を抜いて寄りかかる。

「……穂波? どうした」
「気持ち、悪い……」

 おかしいな。
 いつもは我慢できるくらいの吐き気なのに……。

 元院長に襲われるかもしれないって、ストレスがかかったから? 
 それとも、久松先生が駆けつけて来てくれたことが嬉しくて……。
 安心したのが悪かったのだろうか。

「穂波!」

 彼が大声で私の名前を呼んでいる。
 返答すると同時に。
 胃の中にあるものをすべて、吐き出してしまいそうだ。

 吐瀉物の清掃を、久松先生にやらせるわけにはいかない。

 私は彼に返事をすることなく、意識を失った。
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