白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
 たとえそれが、嘘だとしても。
 彼は医療従事者達に誰もが恐れる冷徹な悪魔であることを、望まれているのだから……。

「この子は私が、一人で育てていきます」
「冗談じゃない……。俺の元から美しき翼を広げて、本気で羽ばたいていくつもりなのか!?」

 彼も私が二つ返事で妻になることを了承すると思っていたからこそ、否定されて混乱しているのだろう。

 いつも以上にポエムちっくな言い回しを耳にした私は、真面目に言い争ってるのが馬鹿らしくなってきた。

「穂波。君の願いは、この病院をよりよき場所へ生まれ変わらせることだったはずだ」
「……そうですね」
「その願いを叶えれば、俺の妻になると約束している。忘れたとは言わせない……!」
「約束はしましたけど、心まではあなたのものにはならないと言ったはずです。それは、子どもが出来ても変わりません」

 ――私は彼に、たくさんの嘘をついた。

 子どものためを思うなら、両親揃っていた方がいいに決まってる。
 心も身体も、すでに和典さんの虜だ。
 天使と崇拝する私がそばにいるからこそ、彼は悪魔ではなく一人の医者として患者に向き合えている。

 それでも、離れなければと強く思ったのは――。

「俺の天使……。頼む。本音を聞かせてくれ……」

 ――私に、院長の妻として生きていく勇気がなかっただけだ。

 彼から懇願されても、私は弱音を吐き出せなかった。

「そうか。よく、わかった」

 ――おそらくそれが、彼の地雷を踏んだのだろう。

 先程までの捨てられた子犬のようにしか思えぬ潤んだ瞳は、どこへやら。
 背中から漆黒の翼を生やした悪魔へ変貌を遂げた彼は、出会った当初とまったく同じ冷え切った瞳で私を睨みつける。
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