白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「君を手に入れるために、患者の治療を最優先に考えてきた。だが、そのせいで穂波が遠くへ羽ばたいてしまうのならば――俺は冷徹な悪魔へ戻ろう」

 低く唸るような美声を耳してしまい、私は胸がキュッと締めつけられる感覚に陥った。

 ――本当は、離れたくない。
 あなたが好きです、と。
 そう口にすればいいだけなのに――。

「――顔が赤いな」
「気の所為ですよ」
「些細な表情の変化を見逃すようであれば、医者失格だ」
「そうですか」
「相手が愛する天使であれば、なおさらだな。俺が見間違えるはずがない」

 彼は挑発的な笑みを浮かべて自信満々に宣言すると、彼は赤らんだ私の頬に触れた。
 その姿は悪魔と称するより、魔王と呼ぶに相応しい。

 有無を言わせぬオーラに圧倒された私は、久松先生から逃れる気にもならなかった。

「君は俺が、父のように悪行の限りを尽くすことを望んでいるのか」
「……いえ。それは、私の望むことではありません」
「ならば、なぜ……。俺から離れようとする。君の中にはすでに、愛の結晶が宿っているんだぞ……」

 彼は頬から喉、胸元から腰へと指先を移動させると、まだ平べったい腹部を撫でる。
 ここに新たな命が宿っているなど、まだ実感はわかないけれど……。
 私はゆっくりと、彼の冷たくて大きな掌へ己の手を重ね合わせた。

「私達の間に、愛はありません」
「穂波」
「でも……。この子は私達の元に、やってきてしまった」

 軽々しく身を差し出さなければよかったと後悔しても。
 この子がやって来た事実は変えられない。
 ならば、私ができることは――一つしかなかった。

「生まれてきたことを、後悔してほしくないの」
「俺のそばにいる限り、後悔などさせない……!」

 ――久松先生は、私に嘘をつかなかった。
 きっと、この言葉にも偽りはないのだろう。
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