白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
 彼の妻になると覚悟を決めれば、お腹の子どもは幸せな人生を歩める。
 松ヶ丘総合病院を受診する患者だって、久松先生が院長である限り、悲しい結末を迎える機会が少なくなるはずだ。
 この病院で働く医療従事者だって、理不尽な思いをしなくて済む。

 けれどもし。
 私が久松先生にふさわしくないと自ら身を引けば――彼は悪魔に戻ってしまう。
 元院長の血を引く久松さんならば、あの人よりも恐ろしい魔王に進化する可能性だってある。

 自分だけが不幸になるのはいい。
 それは私の責任だから。
 こんなはずじゃなかったと後悔して、一人寂しく命を落とすことになったとしても自業自得だ。

 でも……。

「私はあなたの、弱みになってしまうのが嫌……」
「俺を院長の座から引きずり降ろすために、我が天使を傷つけようとする者が現れたならば――その手を叩き落とせばいい」
「あなたでは手に負えない権力者が、松ヶ丘総合病院を欲したら?」
「愛する天使と、愛の結晶の安全が最優先だ。病院など、くれてやる」
「患者のことを一番に考える約束でしょう!?」
「落ち着け。お腹の子が驚く」

 誰のせいだと思っているのよ!? 

 思わず叫びたくなる気持ちを抑え、私は努めて平静を装う。

「不届き者が悪人であれば、開業医からやり直して患者を集めればいいだけだ」
「簡単なことではないわ」
「俺に不可能はない」

 自分が正しいと信じている彼と言い争ったところで、勝てるわけがない。
 久松先生はお腹の子に驚かせたことを謝罪するように、腹部を優しく撫でつける。

 なんだか、大騒ぎしているのが馬鹿らしくなってきた……。

 想定外の妊娠に動揺して、情緒不安定になっているだけなのかもしれない。
 時が経てば、いつかは……。

 堂々と、久松を名乗れるのかな? 
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