白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される

悪魔と天使は、小さな天使と共に

 それから、六年後――。

「お父様はどうして、あくまって呼ばれているの?」

 私と和典さんの間に挟まり手を繋いだ小さな女の子が、疑問を投げかけてくる。
 無事この世に誕生した愛の結晶は、彼に似てとても大人びた印象を与える容姿をしているのだけど――。

『穂波を黒髪にして、小さくしたようにしか見えない。優しい瞳、美しき顔立ちは正しく小さな天使だ……!』

 夫は私に似ていると、娘を絶賛していた。

 私は彼のこう言うところが玉に瑕だと思っているけど、何年経っても天使フィルターが取り除かれることはない。

 むしろ、娘が生まれてから悪化したような……。

「どこで聞いたんだ」
「あのね! 佐野先生が教えてくれたのよ!」
「佐野か……」

 娘に知らなくていいことを吹き込んだ犯人の名を知った和典さんは、口元を緩ませた。

 ――その目は笑っていない。

 私は慌てて、娘の両目を左手で覆う。
 悪魔と呼ばれた当時を思い出させるような表情は、子どもの教育に悪いからだ。

「お母様? 真っ暗になったわ!」
「少しだけ、我慢してね。お父様は、虫の居所が悪いみたいで……」
「虫がいるの!? お母様! いなくなるまで、手を離しては駄目よ!?」
「ええ。そうね……」

 目の前に大嫌いな虫がいると勘違いした娘へどう説明すればいいのかわからず、私は困り顔で夫を見上げた。

「害虫か。言い得て妙だな。やはりあの時、始末しておくべきだった」

 研修医時代ならともかく、佐野先生はすでに立派な小児科医だ。

 患者からの評判もよく、和典さんの右腕になりつつある。
 そんな同僚を悪く言うのは院長としてどうなのだろうか。
 誰かに聞かれたら、また悪魔と呼ばれてしまう。
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