白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「お父様! 怖い虫、倒せた?」
「これから一緒に、やっつけに行かないか」
「でも……わたし、怖いわ……」
「心配するな。天使の加護がある限り、恐ろしいことなど起きない」
「お母様の加護ね!」

 和典さんが私を天使と呼び続けるせいで、すっかり娘も洗脳されつつある。

 家族の間だけでこうした会話が行われるのであれば、微笑ましいけれど……。

『わたしは天使の娘なんだから!』

 そう、お友達に宣言しないことを願うしかなかった。

「小さな天使は、俺が悪魔だと佐野から聞かされてどう思った」
「とっても悲しかったわ……」
「どうして?」
「だって、お母様は天使ですもの。お父様が悪魔だったら、わたしは天使と悪魔の子になるでしょう?」

 私の心配はすぐに、現実のものとなる。

 本気で天使の娘に生まれたと信じている少女は、和典さんが悪魔ならば自分は堕天使なのではと心配しているようだ。
 彼女の目を塞ぐ左手を離してやれば、娘の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていく。

「お父様はわたしを、小さな天使って呼んでくださるけれど……。ほんとはわたし……!」
「――泣き虫なところも、俺の美しき天使そっくりだな」
「お父様……」
「……小さな天使が涙を流す必要はない。佐野には、強く抗議するべきだ」
「こうぎ?」
「そうだ。あいつに会ったら――」
「あっ。院長先生! ご家族揃って、お散歩ですか?」

 和典さんが娘に耳元で囁き終えた瞬間、ちょうどいいタイミングで佐野先生が姿を見せた。

「行っておいで。小さな天使」
「お父様! お母様! 行ってくるわ!」

 彼に送り出された少女は涙を拭うと、私達の手を離して佐野先生の元へ向かう。
 院長の娘を無下に扱うわけにはいかないと考えた佐野先生が、目線を合わせるために中腰になれば――その事件は起きる。
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