白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「久松、先生……」
「手術を成功させたら、君の身体は俺のものだ」
「私は久松先生ではなく、野田先生に……!」
「その約束、忘れるなよ」
「ちょ、ちょっと……!」

 彼は白衣を翻すと、足早にその場を立ち去ってしまう。

 ――仮眠室で、ぼーっとしてる場合じゃない! 
 彼を追いかけないと! 

 私は慌てて室内履きとして利用しているサンダルを脱いで手に持ち、再び廊下を全速力で走り始めた。

「――久松先生!」

 いくら体格差があったとしても……。
 あちらが早歩きで廊下を進んでいれば、こちらが全速力で走り続けたら手術室に着くまで追いつけたはずなのに……! 

 私がそこに到着した時には、すでに「手術中」の赤いランプが点灯していた。

「もう。一体、なんなのよ……!?」

 廊下のど真ん中に座り込んだ私は、悪魔の気まぐれに振り回されっぱなしだ。

 急患が運び込まれて来たこと、あの人はどこで知ったの? 
 どうして私の身体を欲しがったの? 

 その気持ちに答えを返してくれる人など、ここには存在しなかった。

 ――もう、嫌だ。
 こんな病院、辞めてやる! 

 今から辞表を叩きつければ、悪魔にこの身を捧げる必要などなくなる。

 私は自由だ! 

 看護師はどこも人手不足。
 自分から病院を去るものに構っているほど、院長だって暇じゃない。

 トラブルが大きくなる前に、辞めよう。

 もう、うんざりだ。

 今までずっと、耐えてきた。
 患者を見捨てるなんてあり得ないって思っていたけど、もう限界。

 このままじゃ、私が壊れてしまう。
 その前に、逃げるべきだ。
 私が私のままで、いられる間に――。

「――ここにいたのか」

 よろよろと生まれたての子鹿みたいに、震える足でどうにか廊下に立った。
 その瞬間のことだ。

 手術室の扉が開き、悪魔が低い声で私に声をかけてきたのは。
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