白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「佐野先生なんて、大嫌い!」
「はい?」
「わたし、天使と悪魔の子じゃなかったわ!」

 何を言われているかわかっていない佐野先生は、娘の口から紡がれた言葉に動揺している。
 患者の対応に追われることも多く、私達はあまり家族団らんの時間を取れていなかった。

 佐野先生はそんな私達の状況を見かねて暇さえあれば娘と一緒にいたため、大好きと言われる機会が多かったのだろう。
 自分は嫌われていたのかと、ショックを受けているようだ。

「ふん。知らなくていいことを、小さな天使に囁いた罰だ」

 ――和典さんの背中に、悪魔の羽が見える……。

 松ヶ丘総合病院の院長として患者を第一に考えると約束した彼は、元院長時代の悪評が嘘のように高評価を得ているけれど。
 理不尽なことや私達家族に危機が及ぶと、悪魔と呼ばれた冷酷な影がこうして見え隠れするのだ。

「ねぇ。天使とか、悪魔とか。もう止めない?」

 私は駄目元で、彼に提案してみた。
 けれど……。

「天使のように美しき我が妻を、どのように称すればいい。女神か」

 悪魔の鱗片をちらつかせて私へ凄むほど、その呼び方を奪われるのは我慢ならないようだ。

「女神はもっと嫌。あの子の教育によくないから……」
「何がよくないんだ。あの子も小さな天使と呼ばれることを喜んでいる」
「でも……」
「美しき女性を天使と呼ぶことの、何が悪いんだ」

 何もかもが悪いと言ったところで、具体的な説明をしろと冷酷な瞳で睨みつけられるのがオチだ。

 娘が他の子達からいじめを受けないことを、願うしかなさそうね……。
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