白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される
「ぁ、くま……っ!」

 搬出の邪魔にならないように横へ退けば、長い間変な体制で床に座り込んでいたせいで、足が痺れてしまったらしい。

 患者を載せたストレッチャーが手術室を出て病室へ運び込まれる中、私はバランスを崩して床へ倒れそうになる。

「随分な言いようだ」
「は、離して……!」

 彼は腰元へ右腕を回すと、強く逞しい胸板へ私を押し付けてきた。

 必死に離れようと上半身を何度か後ろへ倒したけれど、全然ビクともしない。
 医者に筋力は必要ないはずだが、彼はなぜこんなにも鍛え抜かれた身体を持っているのだろうか? 

 女性を手籠めにするためだとしたら、最低にも程がある。

「涙に塗れる君の泣き顔は、咲き乱れる薔薇のように可憐だな」
「何、寝ぼけたこと言ってるんですか……!?」
「俺の天使」
「……はい……?」
「愛してる」

 ――この人は一体、何を言っているのだろうか? 

 頬に付着した涙を唇で舐め取った彼は、悪魔と呼ばれているのが嘘のように優しく微笑むと、呆然としていた私を横抱きにして歩き出す。

「ちょっと!? 私をどこに連れてくつもりですか!?」
「愛の巣だが」
「は、はぁ……!?」

 素っ頓狂な声が飛び出てくるのは、無理もない。
 冷徹な悪魔と呼ばれていたはずの彼は目元を緩め、ご機嫌な様子で私を抱き上げ廊下を歩いている。

 何これ。一体、どうなってるの? 
 久松先生の周りに、大量のたんぽぽが飛んでるように見えるんだけど……? 

 ついにこの病院が嫌すぎて、幻覚まで見えるようになってしまったようだ。
 勘弁してほしい。

 ――そうこうしているうちに。

 病院の裏口から、限られた人物しか所持していない電子キーを翳すことで。
 中に入れる院長宅へ、連れ込まれてしまった……。
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