白衣の天使は、悪魔の小児外科医から子どもごと溺愛される

一夜を共にして

「は、離してください!」
「静かにしろ。親父に見つかりたくはないだろう」
「私は病院を辞めるんです! 辞表を出すんですから! 邪魔しないでください!」
「ほう……。君がその気なら、寿退社と言うことになるな」
「結婚の予定なんて、ありませんけど……!?」
「それはよかった。お互いフリーであれば、なんの問題もない」

 この人は一体、何を言っているのだろう? 

 寿退社? お互いフリー? 
 それじゃ、まるで。
 私と久松先生が、結婚するみたいじゃない……! 

「あまりにも騒ぐようなら、唇を塞いでしまうぞ」
「……セクハラ外科医……!」
「褒め言葉として、受け取っておく」

 褒めてるつもりなんか、なかったのに……! 

 なんなのよ! 一体! この男は! 

 睨みつけてもどこ吹く風で、上機嫌なまま。

 彼はついに玄関の扉を開くと、靴を脱いで母屋へ上がる。
 私の履いていたサンダルも、さり気なく足の指先を不必要に撫で回しながら外す紳士っぷりだ。

 笑えない冗談にも程がある。

 ねぇ、ちょっと。
 悪魔と呼ばれてる看護師の身体目当てに手術をする外科医は、一体どこに行ってしまったの? 

 疑問を口から出さない限り、彼から回答を得られるはずもない。

 久松先生はリビングを経由して寝室らしき場所へ私を連れ込むと、しっかりと扉を施錠してからベッドの上に横たえた。

 ああ、そう。
 肌を重ね合わせるまでは、逃さないってこと? 

 壁ドンならぬ床ドンをしてみせた彼は、両耳の横へ両手をつくと、熱を帯びた瞳で私を見下した。

「俺の天使に触れられる機会が巡ってくるなど、夢にも思わなかった……」
「私はあなたの天使なんかじゃ、ありませんけど」
「いや、間違いない。君は正しく、白衣の天使だ。俺はずっと、この時を待ち望んでいた……!」

 恍惚とした表情で勝手に盛り上がっている久松先生は、明らかに様子がおかしい。

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