ずっと私の隣にいて。〜正反対の壁をのりこえた私に〜

ずっと私の隣にいて。〜正反対の壁をのりこえた私に〜

「今日から、1人教育実習生が来るので、紹介します」
小学6年生で1組の私・歌音(かのん)は、給食を食べながら耳をすませた。
「えー、今日から3週間この小学校に来ることになりました、石井 裕真(いしい ゆうま)です。よろしくお願いします」
クラスメイトは、拍手をしている。
「俺が1番仲良くなってやる!」
「隣で食べてほしいなぁ」
本当に男子は6年生にもなっているっていうのに、幼いなぁとつくづく思う。
「今日の6時間目に、教育実習が授業をしてくれます!」
「えぇ〜、ウソだろ⁉︎マジか!」
いちいち反応が大きくて、先生も満足してるみたい。なんでだろ?
まぁいいか、もともと6時間目は嫌いな国語があったから、他の授業でつぶれたんだから。
休み時間になって、友達2人と喋っているときに、男子がからかってきた。からかってくる男子のほとんどは、碧(あおい)。
「歌音ってなんでそんなに身長低いんだよ?成績は〜、どうなの?前の国語のテスト、よんじゅう…」
「わー!わー!やめて、もう。気にしてるんだから」
といっても、勉強はめんどくさくて、だけどいい点数はとりたい。
スポーツだって…
「亀みたいに足が遅いんだよな。いや、ナマケモノか?ギャハハ!そういえば、今度持久走があるよな?」
次々と私のダメなところを言われて、ちょっと落ち込む。
「あっ、教育実習生だ!」
友達の1人・利那(りな)が廊下に走っていく。
教育実習生は人気で、たくさんの人に囲まれている。
「よろしく、名前、覚えてる?」
「うん!裕真さんでしょ?カッコいい、イケメン!」
「正解!ありがと」
私はその様子を教室から眺めている。
「いいなぁ、高身長で」
「そこ⁉︎」 
「背が高いって憧れる。あと人気者だし」
もう1人の友達・結衣香(ゆいか)がふふふと笑う。
「教育実習生になれば、誰でも人気になれるよ」
積極的な利那は仲良くなってるし…。
「まぁいいじゃん。歌音は世界一っていっても過言ではないくらい字が上手だし?」
「お世辞うまいね…」
「本当のことだってば〜!あっ、裕真さんがこっち見てるよ?手、ふれば?」
私は頭を下げた。
裕真さんは笑い返してくれた。
「それに〜、給食、隣で食べてくれんじゃないの?歌音の隣、空席じゃん」
げっ…たしかに。
私が怯えていると、あっという間に給食の時間がやってきた。
私だって教育実習生と仲良くなりたいよ。だけど…人見知りで背が低い、足は遅い、頭は悪いわ…短所の方が絶対に多い自信がある。
「あの…小学生って言ったら、何年生思い浮かべますか?」
当たり前のように私の隣の机に給食のお盆を置く裕真さんに声を気がついたらかけていた。
「うーん。1年生、かな」
「ですよね…はやく中学生になりたいです。小1なんて、幼稚園児とほぼ変わらないじゃないですか。そんな人と一緒にされるのが嫌なんです。もう6年生なのに…中学生まであと1年なのに」
裕真さんを見ると、ポカンとして私を見ていた。
「あっ、すみません!今の忘れてください…」
「俺、大学生なんだけどさ、小学校だからこそ学べることがあると思うよ」
小学校だからこそ…?
今までそんな考えたこともなかった。
「6年生なんてあっという間だよ。1年、大切にすればすぐに中学生になれるよ」
そうなのかな?
1年はあっという間?うーん…。
「裕真!運動会のリレー練習付き合ってくんね?」
「ちょっと…!裕真さん、でしょ」
同級生の男子は幼すぎて困るんだよなぁ…。
「おっ、いいよ。俺が教えるから、絶対勝てよ〜?」
「わかってるって!よし、勝負しようぜ!どれだけ足はやい?裕真…先生」
いつもこう。私はあちらこちらへ飛ぶ話題についていけない。
血液型は?誕生日は?
裕真さんはニコニコしながら答えてる。
「…」
私は黙って給食を食べる。
人見知り度100%の私自身に呆れる。
食べ終えて牛乳パックを開いていると、利那がニヤニヤしながらやってきた。
「恋が芽生えちゃったりして〜」
「だ、誰と⁉︎ってまさか、裕真さん…裕真先生…石井先生と⁉︎ありえないって!人見知りな私が恋⁉︎ありえないよ!ダメなことばっかりでからかわれてる陰キャな私が⁉︎ないない、絶対ない!ありえるわけがない!」
「ちょっ、歌音、慌てすぎ。まさか…ガチで好きなの?石井先生のこと」
私はまた全否定する。
私になんて恋する資格はないと思う。
石井先生は高身長、人気者で運動神経も多分いい。小学生に好かれていて…、ノリがいい。頭だっていいから、教育実習生として来たんだろうな…。
「自分と比べて落ち込んでるの、歌音?大丈夫だって!もともとキラッキラの別世界からわざわざ暗闇の世界に来てくれたと思えば良くない?これはチャンスだよ!題名、歌音&裕真の恋物語。えー、人見知りの主人公、歌音は…」
「もう…。いいの、私には利那と結衣香がいるから。それでじゅうぶん。恋なんて、したくないよ。どうせ片想いで終わるんだから」
私は利那に背を向けて、教室に戻った。
小学生だということ。
それが1番の悩みだと思っていたけど、違ったのかな。
石井先生を見ていると、違うって信じたくなる。さっきの言葉は、特別なものじゃない。イケメンだし、彼女だってきっといる。その他大勢の1人にアドバイスをしただけに決まってるよね。
「名前…教えてくれる?」
「えっ、私ですか⁉︎か、歌音です」
「歌音ちゃんか。いいと思うよ、小学生。こんなに楽しい仲間がいるんだし?」
私はうなずいた。
…優しい人だ。すごく。
性格いいし、イケメンだし。モテないはずがない。
ふとそんなことを思っていると、視界の端で笑った石井先生がいた。
昼休みには、石井先生とみんなが走力勝負をしている。
私もなんとか頑張ろうと走るけど、全然スピードが出ない。
石井先生ははやすぎてみんな諦めてるみたい。足がはやいと特だよね。こんな私なんか、すげぇ!って言ってくれる人もいないし、ガンバレ!って応援してくれるのは利那と結衣香だけ。
「い、石井先生っ」
思いきって声をかける。
「どうした?…あと、まだ先生じゃないけどね。先生って呼んでくれて嬉しい」
「あはは…どうすれば足がはやくなりますか?」
ど、ど、どうしよう!
『あと、まだ先生じゃないけどね。先生って呼んでくれて嬉しい』って言ってたのに、苦笑いでながしちゃった…。
「うーん。ちょっと走ってみてくれる?」
「わ、わかりました!」
見てくれてるのが恥ずかしくてちょっとスピードがあがっている。
いい感じ…
ズサッと音がして、気がつけば転んでいた。
「痛たたた…」
膝は土で茶色くなって、それをぬりつぶすように血が出ていた。
さらに恥ずかしい…。
痛みより恥ずかしさの方が勝っている。
また走り出そうとした私を結衣香がとめる。
「ほ、保健室!保健室行かなきゃダメだよ!」
「平気だよ」
「保健室行くのが嫌ならせめて洗い流した方がいいよ」
石井先生が水道を指差す。
「はい」
「君…、歌音ちゃんにつきそってくれる?」
「わかりました!」
結衣香と歩き出す。
「大丈夫、歌音?私が言っても平気って言ってたのに、石井先生が言ったら素直にはいって答えるんだね」
少しむくれている結衣香に心の中であやまる。「歌音はさ、石井先生のことが好きなの?」
「違うよ…」
それ以上言うのをやめた。
たとえ私が石井先生に恋しても、教育実習生と生徒。叶うはずがない恋なんだ。叶わない恋だから。
人気者とぼっち。
足がはやい人と、遅い人。
頭がいい人と、悪い人。
いつだって私は、『ダメな方』だから。
私と石井先生は、全く違う。違う人生を歩んでいる。
「好きなら好きって言ってよ。胸張って言ってよ!」
「…」
「立場なんて関係ないでしょ。誰が誰を好きになってもいいじゃん。ぼっちが人気者を好きになってかまわない。足がはやい人を足が遅い人が好きなったっていい。頭がいい人を頭が悪い人が好きになっても、悪く言う人はいないと思うよ。悪く言う人は、人の恋愛に慣れてないだけ。自分の恋愛は自分だけのものなんじゃないの?正反対だって関係ないよ!」
結衣香は、大人しくて3人の中でいつもかげでサポートしてくれていた。
今の結衣香は、真剣に見つめてくれて。訴えてくれて。
「大切にしようよ。自分の気持ち。気持ちはその人だけの感情だよ」
「でも、相手にその気がなかったら?ダメだなってあきれられたら?」
「自分がダメな方だっていいと思うよ。ちゃんと体当たりした証拠なんだから」
保健室の前までついてきてくれて、結衣香は足を止めた。
「お大事に」
そう言うと、グラウンドへと走っていく。
結衣香…私のためにすごく必死になって訴えてくれた。
私…好きなのかな、石井先生のこと。
そう思ったとたんに、じわじわと頬があつくなる。
違うよ、違うって。
「あら、歌音さん。どうしたんですか?」
「あ…すみません。転んじゃいました」
保健室の先生に消毒してもらって、絆創膏をはる。
足のはやい男子が、石井先生と勝負をしている。けど、石井先生がはやすぎて相手になってないみたい。
すごいなぁ、人気者で高身長、足がはやくて(たぶん)モテてる。
「何ニヤニヤしてんの」
利那がジトっとした目で私を見つめていることに気がついたのは、声をかけてもらったから。
「あ、えっと…ニヤニヤしてた?」
「うん。もしかして…いや、もしかさないわ!石井先生のこと考えてたでしょ!」
もしかさない…利那語が出てきた。
でも、図星!
「ち、ちが…っ」
一瞬反応が遅れたのが悪かったのか。
「ふーん。そうなんだ。さっきも話せてたし、よかったじゃん?」
「う、うん…」
「なんでそう思ってたってわかったのかはね、いつも歌音、男子にからかわれてるでしょ。すぐツッコミとか反応するくせに、恋愛に関係することは、しばらくしてから反論するんだから、お見通しなわけ。あと、モテてるからね、歌音。からかわれるってことは、好きな子をいじりたいんだよ。特に…碧とかさ」
からかう=好き とは限らないと思うけどな…。
「そっか。ありがとね」
「もー!適当に相槌うつな〜!せっかくいいこと言ってたのに〜!」
「あ、バレちゃった?」
何気ない会話が楽しい。
けど、私が好きなのはたぶん碧じゃない。
「あっ、大丈夫だった?」
石井先生が私を見つけるなり、そう声をかけてくれるから嬉しくてしかたがない。
「はい!全然大丈夫でした!」
「じゃあ、歌音ちゃんのさっきの走り方なんだけど…」
右手と右足が同時に出ているらしい。左足と左手も。
それから昼休みの終わりのチャイムが鳴るまで、みっちり教えてくれた。
明日は6年2組で食べるから、また一緒に食べてくれるのは4日後。
なんで3組もあるんだろう?と今更悔しく思っている。
せっかくの石井先生の授業も、ほとんど耳にはいらなかった。
翌日、最悪なことが起こった。
「席替えをします!」
担任の先生から放たれた言葉によって、落ち込んでいる生徒がひとり。
…私だ。
石井先生が給食のときに隣で食べてくれない…。
悲しすぎるよ…。
結局、私は窓側の1番端の席になってしまった。
休み時間に去年、仲が良かった友達・菜々可(ななか)と廊下で話していると、恋愛の話になった。
「菜々可はさ、好きな人とかいる〜?」
「まぁ、一応?」
「マジで⁉︎同じクラス?それとも違うクラス?」
菜々可は苦笑いをしながら、
「そんなに前、恋愛相談とかそういう恋とかの話、好きじゃなかったよね?いきなりぐわっときたからちょっとビックリしちゃったよ。同じクラス?違うクラス?ってさ、英語話せますって言ったら話して!みたいなのと同じじゃない?」
そうかなぁ、とテキトーに相槌をうっていると、思いもよらない質問が返ってきた。
「ね、じゃあさ、歌音は好きな人いんの?」
「え…」
パッと思い浮かんだのは、石井先生の顔。
恋が芽生えちゃったりして〜と笑いながら言う利那。
私に、好きなの?と聞く結衣香。
「私は…石井先生ことが好き、かもしれない…」
「は?え、あの教育実習生の?石井裕真さん?ガチで?」
私がうなずくと、菜々可は鼻で笑った。
「ウソでしょ。教育実習生に恋とかありえんの?そもそも歌音とは正反対だよね?別世界にいる人って感じ。そんな人に恋してるの?叶わないでしょ。諦めたらどうなの?教育実習生が、大学生が小学生に、生徒にだよ?恋するわけがないじゃん!大学生と小学生って、大人と子どもだよ!」
「それでも…それでも…叶わなくても、恋するのは自由でしょ?子どもが大人に恋しちゃダメっていう決まりはないんだよ?私が石井先生を好きな気持ち、否定しないで…っ」
私がボロボロと涙を流すと、菜々可はギョッとして、教室に走って行ってしまった。
「えっ、歌音⁉︎ど、どうしたの⁉︎だ、だ、大丈夫〜⁉︎」 
私は結衣香が気がつくまで、ずっと泣き続けていた。
菜々可には、泣き虫とかそれだけで泣くの?と言われてしまいそうだ。
「どうしたの?お、落ち着こうか。こっち来て」
落ち着いてという結衣香も動揺している。
人気のない階段に座ると、私の背中をさすってくれた。
話さなきゃ、だよね…でも、結衣香は菜々可とも仲が良かったから、イメージをくずしてしまうことになるかも…。
「結衣香を、傷つける、ことになるかも、しれない…」
「うん。いいよ。なぁに?」
まるで、小さな子どもに語りかけるように優しい口調で話している。
「ちょっ、幼児じゃないんだから」
「そっかぁ」
少し笑い合った後、石井先生を好きだという気持ちをけなされてしまったということを伝えた。
結衣香は眉をちょっと下げた後、
「辛かったよね。たぶん、菜々可も…そういう経験があるからなんじゃないかな。きっと、正反対っていう壁をつくっちゃったんだよ」
「正反対の、壁…?」
「うん。私とあの人はつりあわないとか、叶わないからとかさ、自分と比べちゃうんだよ。人間ってどうしても他人と比べちゃうけど…よく言われる言葉であるじゃん?『他の人と比べるんじゃなくて、比べるのは昨日の自分だ』っていう感じの…聞いたことある?」
首を横にふり、ないかも、と告げると、
「じゃあさ、今歌音が聞いたことなかった言葉みたいに、菜々可の知らなかった気持ちを知ってあげたらどうかな?今は難しいかもしれないけど、いつかは分かり合える日が…お互いの心とか気持ちに寄り添える日が来るんじゃないかな」
「たしかに。さっきは悲しくて自分のことしか考えれなかったけど、菜々可ってあそこまで頑なにやめなよって言うことなかったもんね」
「そうそう。あっ、あと1分でチャイム鳴る」
話題を変えてくれようとしたのかと思ったけど、本当にあと1分で、笑いながら教室までダッシュした。
チャイムの最後の音が鳴り終わった直後に私たちが座る。
次の授業は他の先生だから、まだいない。
調子に乗った碧が、
「おおっと、歌音選手、ギリギリアウトー‼︎」
ゲラゲラ笑いながら実況する。
碧の実況で、みんながどっと笑う。
大きい声で言っていたからか、隣のクラス・菜々可のクラスでもある担任の先生から苦情がはいった。
「碧がさわいだせいだぞ!だからあのクソジジイから苦情がはいったんだ」
「ちげぇよ。そもそも歌音が悪いんだ。それに、あのクソジジイ!あんなに苦情いれなくてもいいだろうによぉ」
ギャハハと男子が笑って、真面目な女子がとめる。いつもの光景なのに、何かが寂しい気がした。
「みんな、たくさん手をあげてね」
隣のクラスで石井先生の声がする。
だから静かにしろとさっき苦情がはいったのか。
「みなさんごめんなさい〜、授業をはじめましょうか」
ようやく先生が到着して、授業が始まった。
授業がはじまっても昨日と同様に元私の席の隣の空席を見過ぎたせいで、なにも耳にはいらなかった。
「な、菜々可、っている?」
給食の準備の時間に隣のクラスをたずねた。
来てくれた男子が、多い人数の女子グループの真ん中で笑っている菜々可を指差した。
「呼んでこようか?」
「うん、お願い」
男子が菜々可に話しかけて、私を指差す。
菜々可は眉ををぎゅっと寄せた後、怪訝そうな顔でこちらへ近づいてきた。
きゅっと可愛い女の子が菜々可の裾をつかんだのが見えた。
「ごめんね、すぐ戻るから…で、何?」
「ちょっと…2人で話したい。ついてきて…くれる?」
「ついてこないって言ったら?」
と言いながらもついてきてくた菜々可に心の中でお礼を言う。
「さっきのこと?」
「うん。もしかして菜々可も何か経験したことがあるんじゃないかな〜って」
目を泳がせながら言うと、菜々可が眉間にしわを寄せたのが見えて、慌てて早口でまくしたてる。
「あっ、えっと、正反対の恋とか。叶わない恋とか?菜々可って自分ひとりで何かをかかえちゃってる気がするんだよね。あと、恋って難しいよね」
「…何が言いたいの?」
顔をしかめて言う菜々可から、明らかに不機嫌なことがつたわってくる。
「ええと…菜々可も、恋で辛い思いしてない?なんか、私に言ってるときは怒ってる気がしたけど、苦しそうにもみえたから」
「…っ。何がわかるっていうの…まだ叶う恋をしてる歌音に」
「え?」
まだ叶う恋?どういうことだろう。
さっきは叶わないって言ってたのに。
「私は碧のことが好きなの…っ。でも、聞いちゃったんだ。碧が好きなのは、歌音だって」
…⁉︎
まさか、碧が私に恋心を抱いているなんて。
碧とは軽口を言い合う良き友達だと思っていた。
「でも、歌音は石井先生のことが好き。こんなのってないよ…!せめて碧と歌音が結ばれれば失恋だ…っていさぎよく諦めることができたかもしれないのに。私は碧が好き、碧は歌音が好き、歌音は石井先生が好き。まさに三角関係ってこういうことをいうんじゃないの?碧が好きなのは歌音だって友達から聞いたとき、本当にショックだったよ。友達はさっき、私のせいでごめんってあやまりながら私の服の裾をにぎってた。…こんなのはどうでもいいんだけど。気持ちを伝える前に知っちゃったからさ、伝える前に失恋したんだよ。どれほど辛いかわかる?
しかもその碧も失恋してるなんて碧がかわいそう…っ」
菜々可は涙目になりながらも、ゴシゴシと目をこすって続けた。
「だからやめとけばよかったんだよ…!私も歌音も!好きな人にはそのうえにまた好きな人がいる。そのうえにも、さらにそのうえにも。恋なんて報われない!ましてや正反対なんて無理だよ!歌音が人見知り度100%と同じで、正反対っていうのは100%無理なんだよ…‼︎」
菜々可の頬を、一滴の滴がつたう。
「私は今はがんばってグループの中心にいるようにしてる。それまでの私は、恋しか追い続けてなくて。叶わない恋を無駄にしてて。誰とでも仲良くできてる碧が、すごくうらやましくて憧れだった。それで、好きになって…。だけどなんでだろうね。それが女子になると嫉妬しちゃうんだよ。それに、ひとりで恋を追い続けた私は、友情を忘れてた。今は慌ててグループにはいった。5年生の頃は歌音のグループにはいってたよね。碧のこと、去年から好きだったんだよ、私。6年生になってから友達を忘れて恋にゾッコン。やっぱり、ダメだったかぁ…って今更ながらに思うの」
私は菜々可の話を一言も聞き逃さないようにした。
これから恋をするにあたって、役に立つかもしれない。
「正反対っていうのは1番の問題だったね。憧れとかいう時点でもう正反対。自分にはないものをほしがってるからね。手のひらをぎゅっとにぎって幸せを逃げないようにしてるのに、指の間から逃げちゃったよ…笑えるよね。今まさに歌音を見て、正反対の人に恋してる、私みたいだなぁって思った。もし歌音と石井先生がうまくいったら、ズルいって思っちゃった。あと、自分を見てるようで苦しかった。だからあんなひどいこと言ったんだと思う。ごめん」
頭を下げる菜々可に、私は結衣香が言っていた言葉を思い出した。
「正反対の壁…?」
「…そうか。私が1番悩んでたのは…歌音と碧それぞれに好きな人がいることじゃなくて、正反対だからって諦めちゃったことだ。まさに、正反対の壁…‼︎まだ諦めちゃいけないよね。負けないからね、歌音!」
…。
……。
走り去ってしまった菜々可の背中を見つめながら、呆然と立ちつくす。
あやまってくれたし、なんだか自信もついたみたいでよかった…のかな?
「私は…菜々可になにを言われても…それでも…裕真が好き」
ゆ、裕真って呼んじゃった!
周りに人がいないことを確認して、仲直りできたことと誰にも聞かれなかったことにホッとしながら教室に戻った。
6時間目は家庭科の授業で、石井先生が来てくれる。
私は熱湯をいれた鍋をもってるんだけど、すごく重い!
腕がプルプルしてきて、誰か変わって、と口を開いたら…
ガッシャーン‼︎
腕が限界をむかえていたみたいで、私は熱湯を手にこぼしてしまった。
「…っ、あっつ!み、みんな大丈夫⁉︎」
すぐに石井先生が駆け寄ってくる。
「歌音ちゃん、すぐに冷水で冷やして!そこの子、水出してあげて!そこの男子、鍋にさわらないで!」
テキパキと指示をする石井先生は、家庭科担当のおばあちゃん先生よりもすごい。
「大丈夫、歌音ちゃん…?」
「あっ、うん。ありがとう」
水道をひねって水を出してもらう。
「先生、氷ってありますか?」
「…ええ、冷蔵庫に」
「ありがとうございます。そこの女の子、ボウルを持ってきて。あと、君は氷を持ってきてほしいな」
しっかり者の女子たちが、ボウルに氷と水を入れて、かき混ぜる。
それを私は水で冷やしながら見ていた。
私ひとりのために、みんなを巻き込んでしまうなんて…。
申し訳なさすぎる。
「ビニール袋もらいます」
石井先生はビニール袋を先生からもらうと、ボウルからキンキンに冷えた水を入れた。
「歌音ちゃん、一回手を拭いて、今度はこれで冷やして。ゆるくなったら教えて」
「はい」
そこで思い出したと言わんばかりに立ちつくして光景を見守っていた先生が、
「…あ、他の班は調理実習を再開するように。石井くん、熱湯の片付けは私がやるわ。歌音ちゃんのやけどの具合を見てくれるかしら」
「わかりました」
私が氷水の入ったビニール袋を当てていると、石井先生が保健室へ連れて行ってくれることになった。
「あの…石井先生、ありがとうございました」
「どういたしまして。やけど、大丈夫?」
「はい。みんなに指示を出してる石井先生、すごく…」
かっこよかったです、なんて言えない。
慌てて他の褒め言葉を言う。
「憧れました」
『憧れとかいう時点でもう正反対』
このタイミングで菜々可の言葉を思い出してしまうなんて。
ひゅっと喉元が寒くなる。
これ以上言葉を発してはいけないような気がした。
「ありがとう…歌音ちゃん?大丈夫?」
「…は、はぃ…た、助かりました。石井先生のおかげです、ありがとうございます」
「当たり前だよ。それとさ、歌音ちゃん」
なんですか?と聞き返す前に、石井先生の瞳が私をとらえた。
「俺のこと、2人だけのときは裕真って呼んで」
「え…?え、いや、でも!石井せんせ…」
石井先生…じゃなくて、裕真さんの大きな手が私の口をふさぐ。
「裕真って呼んでって言ったよね。これは先輩からの命令だから」
意地悪に笑う裕真さんを見て、こくりとうなずく。
「わかりました。裕真…さん?」
「裕真」
「ゆ、裕真」
発声練習をしてるみたい。
階段を降りて、保健室は目と鼻の先。
「歌音ちゃん…2人きりのときは、俺も歌音って呼ぶね」
「はい」
今度はちょっとかわいく無邪気に微笑むと、
「歌音はさ、俺にとってトクベツな人だから」
と、トクベツ⁉︎トクベツってあの、『特別』⁉︎
ウソでしょ。なんで教育実習生がごく普通の私にトクベツなんて…⁉︎
「なーんちゃって。保健室、行ってらっしゃい〜」
…なんだよ…。
人をうかれさせたり残念がらせる天才だな。
「はい」
「ねぇ。いつまで敬語のつもり?そろそろ普通に話してくれてもいいだけど?」
「え…」
驚きくことが連発。
呼び捨て、歳上に敬語なし。
「こ、これは冗談じゃなくて…?それとも…」
「真面目な話だよ。まぁもちろん、2人だけのときだけどね」
「わ、わかり…わかった」
私はドキドキしながら、今度こそ保健室行ってくる、と告げてドアを開けた。
胸が高鳴る1日だった。
裕真が来て2日が経った。3日目の朝、ありえないことが起きた。
「石井先生は…1週間で大学にもどることになりました」
…なんなの、もう…。
席替え、1週間で大学にもどってしまう。
なんて最悪なことなんだろう。
クラス中がざわめく。
「ウソだろ⁉︎まだ俺の隣で給食食べてもらってないのに…」
「そこかよ!…先生、石井先生って…2日間も含めて1週間ですか?」
「そうです」
じゃ、じゃあ…。
指先がプルプルと震える。
裕真といれるのは、今日もいれて3日⁉︎
「なんでですか?」
「事情があって…」
先生は言葉をにごし、他の話題を話し始めた。
どうしよう。あと2週間はいれると思っていたのに。はやすぎる。
「歌音、どうした?青ざめてる」
碧が私の顔を見て、不思議そうに言った。
「う、ううん。今日って寒いよね」
碧の友達が、ギャハハと笑った。
「どこが寒いんだよ!むしろ暑いだろ?今は夏だぞ!なぁ、碧?」
「たしかに…」
碧はあいまいな返事をして、意を決したような表情をした。
休み時間、昨日あったことを結衣香に話そうとしたら、碧に呼び止められた。
「歌音、ちょっと」
「ん、何?また私の頭の悪さでバカにしたいの…?それとも、足の遅さ…」
「歌音って好きな人いんの」
さえぎるように碧が言った。
「え…?」
「もしかして歌音は石井先生のことが好きなの?」
今までこの気持ちを見て見ぬふりをしてきた。
正反対という大きな壁が怖かった。
だけど…ダメだ。
気持ちがあふれている。あふれすぎている。
「そう、だよ…」
「やっぱな…」
碧は困ったように微笑んだ。
いつものからかう笑顔じゃなくて、真面目な笑顔。
「俺、前から好きだったんだよ、歌音のこと」
知ってる、と言いかけて慌ててうん、と真顔で言う。
「だけど…歌音が石井先生のことを好きなのはわかってる。だから今伝えた。後悔しないで言えたことに胸を張れるよ。これからも…友達でいてくれるか?」
「もちろん。腐れ縁でいようね」
「歌音‼︎腐れ縁だと〜⁉︎」 
私たちはいつも通り笑い合った。
でも、碧は苦しいはず。失恋だもん。
裕真に告ったら、他に好きな人がいる。またさらにその人にも好きな人がいるということもありえなくはない。
「どうしよう!」
私は教室に戻るなり、結衣香に迫った。
「何が〜?」
「碧に告られた」
「マジで⁉︎え、どうだったの…あー、なんでもない」
私は首を横にふって、聞いてほしいのだと告げる。
「碧に勘付かれて、裕真のことが好きってバレちゃって。自分から言う前に気づかれたんだけど、それでも気持ちを伝えたいって。で、笑い合って終わったんだけど…これでよかったかな?」
「いいと思うよ。だって、歌音が選んだ道でしょ?誰もああだとかこうだとか言う必要はないと思うから…ん?んん?」
突然、結衣香がカッと目を見開いた。
「裕真⁉︎石井先生のこと⁉︎」
しまった、と思った。
2人きりのときだけと言われていたのに!
「あ、いや…」
このクラスに『ゆうま』という名前の人はいない。
「そうなんだ!よかったね。距離感グッと縮まった気がする。呼び捨てってことは、敬語もなしになってたりして〜?」
「なんでわかったの?」
「そりゃなんとなく」
すごい、超能力者だと私がほめていたら、利那が険しい顔で近づいてきた。
「ひどいよ。なんで私だけ仲間にいれてくれないの?」
え…は?
「利那、他のグループの人たちと話してたよね?なんでいきなりそんな」
「私とも話してよ。なんでいれてくれないの?」
様子が急変した利那をにらみながら、言い返す。
「利那が自分で望んだことでしょ?」
「2人が話してくれないからじゃん。恋バナ?推しの話?くだらない雑談?なんで私だけ話してくれないの」
私がまた言い返そうとしたとき、
「利那、私たちも悪かったけど、何が利那の気を害してしまったのかも教えてほしいな」
冷静に結衣香が言った。
「だから言ってんじゃん。話にいれてくれなかったって」
「やきもち…?」
私がつぶやくと、利那はうつむいて首を横にふった。
「…すごく、怖かったの。2人が仲良くなることが。そこに、私がいないことが。だんだん私がいない状態で、歌音がパッと顔を輝かせたり、結衣香がほめてたりして、お互いすごく楽しそうだった。ときには、相談もしたのかな」
利那は遠くを見つめて、きゅっと目を細めた。
「もう仲間にいれてくれないんじゃないかって、他のグループの仲良くしようとした。だけどやっぱり、私は2人が好きだから。いざ話してみようと思うと、自分でもビックリするくらいとんでもない言葉を言っちゃったけどね」
そうか。私は結衣香ばかりに話していて、利那とは話していなかった。
「「「ごめん」」」
同時にぷはっとふきだす。
「これで和解だね」
結衣香が笑顔になる。
よかった、仲直りできて。
そしてとうとう、3日目の朝、裕真といれる最後の日がやってきた。
私は朝はやく登校し、裕真と話していた。
「今日最後だね…私、寂しいよ」
「俺だってみんなに会えなくなるのは寂しい」
みんな、か…。
私じゃなくて?と思ってしまった自分に呆れる。
私はこの日…最後の日に、裕真がもしかしたら告白してくれるかもしれないと期待している。
だって、呼び捨てOK、敬語なし、だよ?
放課後に、今までありがとうございました!会をした。
だけど結局…裕真が私に告白することはなかった。
裕真がいなくなって、3週間が経った。
明日は小学校最後の運動会。
裕真に教えてもらった練習の成果を発揮できたらいいな〜と思っている。
「おい、聞いたか⁉︎石井先生来てるってよ!」
男子がみんなに叫ぶ。
私はいちはやく席をたち、男子に続く。
「石井先生っ‼︎」
裕真、と言わないように気をつける。
告白されない時点で、私は片想い。
わかってる。わかってるんだけど…。
男子たちがいなくなってから、私は裕真に話しかける。
「来てくれたの?ありがとう」
「もちろんだよ。歌音の走り、見てるからね」
「う…っ、遅いよ」
裕真は笑った後、
「俺が教えたんだから大丈夫だよ」
とささやいた。
うっわ…!完全に、ハートをうちぬかれてしまった…。
「が、頑張るね!」
「応援してる」
裕真の応援があったからか、私は前の走者をぬかすことができて、1位にはなれなかったけど、2位になれた。
運動会が終わって、結果発表。
「勝ったのは…赤組!」
イェーイと歓声があがって、裕真もガッツポーズをしてくれた。
私も微笑み返す。
「おつかれ、歌音」
「ありがと。ちゃんと走れたよ」
「見てた。いい走りしてたよ」
わっ、ほめられちゃった…。
「それと…ずっと歌音に隠してたことがあるんだ。見て見ぬふりをして、ごまかしてたことが」
なんだろう…ちょっと怖いな。
誰だって隠し事はあると思うのに。
裕真は目を泳がせた後、まっすぐ私を見すえる。
「…俺、歌音のことが好きだ」
ドクンッ。
心臓が、ひときわ大きく波うつ。
「小学生と大学生とか、正反対なことばっかりだけど、それでも好きなんだ」
「私も…裕真との正反対を見つけては落ち込んでた。けど…、私も好きだよ、裕真のこと」
「両想いになれたわけだけどさ…教育実習生がたぶん、小学生を好きになっちゃいけないと思うんだ。だから、これは秘密の恋愛ってことで」
…小学生最後の運動会。
幸せで最高なものになった。
「了解っ!」
「あ、今度デート行こうね」
「あああ…、うん!」
緊張して声が裏返った私に、裕真は優しい笑みで見つめてくれた。
「これからもずっと、私の隣にいて」
「もちろん」
正反対の壁をのりこえた私に、手をつないでこたえてくれた。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:4

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

もしも魔法が使えるなら 〜私との約束〜

総文字数/50,667

恋愛(その他)1ページ

表紙を見る
幼なじみと同居することになりまして…⁉︎

総文字数/18,927

恋愛(その他)1ページ

表紙を見る
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop