彼女が服を着替えたら
心臓がドクドク鳴ってるのか、
掴まれた腕がドクドクしてるのか
分からないけれど、東井さんの発した
彼氏というワードに
止まっていた涙がまた滲む


一時間前までは彼氏悠介はだったんだよ?

でも今は‥‥


『ごめん、ちょっとここにいて。』


グイッ

えっ?


事務所の方から
帰宅する人たちの声が聞こえてきたと
思ったら、腕を引かれて倉庫の横の隙間に
東井さんが私を入れると
声のする方へ少しだけ移動した


『あれ、東井さんまだ居たんですか?』


『あー忘れ物してしまって。
 もう倉庫は戸締りしたので
 帰るとこです。お疲れ様です。』

『お疲れ様です、また来週ねー』
『お疲れ様ー。」


街灯もなく狭くて暗いその場所に
私をいないものとして隠して立つ
東井さんの後ろ姿に何故か
泣いてしまい目に涙が溢れる


こんなに背が高かったんだ‥‥とか
作業着脱ぐと思ったより細いとか
悠介のスーツ姿とは違う男性の姿なのに、
心が弱っている私には比べちゃダメなのに
考えたくないことが頭に浮かんできてしまう



『フゥ‥‥甲斐田さんすみません、
 咄嗟にこんなところに押し込んでしまい』


「‥あ‥いえ、助かりました。グスッ‥
 ‥ありがとうございます東井さん。
 もう帰りますから。」


カバンから既に濡れてしめったハンカチを
取り出して涙を拭き取ると、
私の頭に東井さんの掌が
優しくポンポンと触れる



なんで頭なんて触るの‥‥?
しかもなんで関係ない東井さんが
泣きそうな顔して笑ってるの?



仕事してる顔しか知らない先輩の
初めて見せる知らない顔に視線が逸らせない‥
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