彼女が服を着替えたら
座り直したあと意地悪に笑うと
普通だった距離のつめかたにもツラクなる。


『ごめんね、奈央ちゃん。
 さっき電話もらった時、既に東京駅に
 着いたところだったけど口止めされてた。
 はい、これ臣の分。』


ハルのお酒と料理がまるで
準備されてたかのように
目の前に置かれていく。


そっか‥‥
槙さんは知ってたんだ‥‥



「ほ、ほんとビックリですよね‥
 タクシー使って帰るんだよとか‥‥」


そこまで言いかけてツラクなったので、
悟られないように笑うとお酒をまた飲んだ。


隣でスーツのネクタイを緩めている手が
骨ばって長くて綺麗で、
隣にいることがたまらなく嬉しいのに、
言えなくて視線を外して下を向いた。


ハルは知らないよね‥‥
この数日、私が無心で働いてきたことなんて。


それから二人でいつも通りお酒を飲みながら
美味しいご飯を食べ、慎さんの
お店を後にしてからハルの家に
タクシーでやってきた。


ガチャ



ドアを開けてくれたハルが
当たり前かのように私を
自分の家に招いてくれる。


ここ最近はそれが普通だったのに、
そのうちそれが出来なくなるって思ったら、
靴が脱げないままになってしまう。
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