振り向けば、キス。
「………よう、」
古い木戸は、思ったほどの抵抗もなくするりと開いた。
中から現れた波樹は、頬に残る傷跡は痛々しいものの、思ったよりは元気そうで、高原は少し安心した。
あの時と同じ部屋に通され、座布団を勧められた。お茶しかねぇんだけど、悪いな。そう言って波樹から手渡された湯飲みもあの日のものと同じものに思えた。
そう違うとしたら、ここに花のように笑うあの少女がいないだけ。ただいまといって無駄にきれいな顔をした先輩が帰ってくることもなく、波樹たちの祖父や住み込みの坊主たちの声が聞こえない。ただそれだけ。
それだけが、とてつもなくこの家を、寂しくさせ、波樹から精気を奪っているように、思えた。