異世界獣人の国で介護施設を始めます!
「お母さん……」
レーニン様の手を取り、ポツリと呟く。するとレーニン様の手がピクリと動いた。それから数秒後、レーニン様の瞼がゆっくりと開いた。
「お母さん!」
私の声に、レーニン様が日だまりみたいに優しい笑顔を向けてくれた。
それを見たデクスター先生が目を見開き、奇跡だ……と呟いていた。誰もが、レーニン様はもう目覚めないと思っていたのだ。そのレーニン様が今、目を覚まし微笑んでいる。
「お母さん……」
私がもう一度レーニン様に声を掛けると、レーニン様が私の手をギュッと握り絞め、パクパクと口を動かした。何かを伝えようとしている。私はレーニン様の声を拾おうと、耳を傾けた。
「エンちゃん……ありがとうね。私は幸せだったわ……はぁ……はぁ……あなたに会えて……。もう一度……お母さんにんなれた……っ……。楽しい時間を……はぁ……過ごさせてもらったわ……。ここは私の家……みんな……っ……家族よ……。私の娘……エン……はぁ……はぁ……あなたの……あなたの幸せを……願ってる……」
レーニン様……いや違う……お母さんのおそらく最後の言葉に、エンは涙した。今まで我慢していた分、後から後から涙があふれ出てくる。
「お母さん……レーニン様はこの世界の私のお母さんでした。私だって……っ……お母さんに出会えて良かった。お母さんと過ごす時間はいつだって穏やかで……ぐすっ……っ……お母さんのおかげで……お母さんのおかげで……この世界で頑張ろうと思えたんです。お母さん……っ……ありがとう。絶対に……幸せになるから……っ……お母さん……」
私が嗚咽混じりに言葉を紡ぐと、お母さんは噛みしめるように聞いてくれた。それから私の頭を愛おしそうに撫でてくれた。
「あなたの幸せな姿を……もっと近くで……はぁ……見ていたかったけれど……どうやらお迎えが……っ……そこまで来ているみたいね……。エンちゃん……ほら……もう泣かないの……はぁ……ほら、笑ってちょうだい。あなたの……いい人も来たみたいよ」
そう言ったお母さんの視線を追うと、そこにはレオが立っていた。
「レオ……」
レオは何も言わずに私の肩を抱いた。私達の様子を見ていたお母さんが安心したようにこちらを見た。
「レオンポルド様……私の娘を……よろしくお願いします」
「ああ……分かっている。そなたと約束したからな」
私は涙を流しながら笑顔を作った。ボタボタと落ちる涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃだったけれど、その顔を見たレーニン様は嬉しそうに笑ってくれた。
「エン……あなたには……はぁ……っ……笑顔が一番似合うわ。エンちゃん大好きよ」
嬉しそうに弧を描くお母さんの瞳から涙が流れていた。それを見て、更にエンの瞳から涙が溢れ出す。
「ふぇっ……っ……私も……私も……お母さんが大好き」
嗚咽を堪えながらお母さんに大好きと言うと、お母さんは微笑みながら瞼を閉じた。そらからまたスヤスヤと眠り続け、三日後……。
お母さんは眠るように息を引き取った。
レーニン様の葬儀は盛大に執り行われた。さすがはこの国の元聖女、彼女を慕っていた沢山の獣人達が城に花を手向けにやって来た。沢山の獣人達が涙を流し、すすり泣く声が聞こえてくる。皆彼女との別れを惜しんでいるのだ。
レーニン様は、この国に無くてはならない人だったんだ。この献花台に山積みになる花々を見ればそれが分かる。
お母さん……あなたはこんなにもこの国の人々に愛されていた。
私は凄い人の娘になったんですね。
私は空に向かって声を掛けた。そして新たに気合いを入れた。
お母さんの名に恥じないように、この国で私は生きていく。