異世界獣人の国で介護施設を始めます!
拒否権は無いとばかりに、殿下が私の声を遮った。
先ほどまでの潤んだ瞳では無く、ギラリと強い瞳を向けられ、たじろいでしまう。
そんな私の腰を左手で抱き寄せ、右手で私の左手を摂った。それから殿下は私の指先に軽く唇を押し当て、上目遣いで懇願してきた。
「お願いだ。エンにはレオと呼んでもらいたい」
こんな顔で迫られて、断れるわけが無い。
だってこんなに可愛くて、格好いい人に懇願されているんだよ。
断れる人がいたら今すぐ手を上げて。
「そんな顔で……っ……分かりました」
殿下が嬉しそうな顔でこちらを見てきた。
またそんなかわいい顔をして。
うう……殿下呼びが定着しすぎて、今更名前で……しかも愛称呼びで殿下の名前を呼ぶとか恥ずかしい。
私の気持ちなどお構いなしに、殿下はいつ自分の名が呼ばれるかと、期待の眼差しを向けている。
私は一度ゴホンッと咳払いをして、恥ずかしい気持ちを振り払う。それでも恥ずかしさは消えてくれることは無く、ゴニョリと消えそうな声で殿下の名を呼んだ。
「レオ様……」
それを聞いた殿下の丸い耳がピンと上を向くが、すぐに下を向いてしまった。
あれ?
また……?
どうして……?
「そうじゃない。レオ……レオがいい。そう呼んで」
「そんな……呼び捨てなんて……」
「ダメなのか?」
首をコテンと曲げる仕草が、くっっそ可愛い。
私の回り、ハートがいっぱい飛んでいると思う。
こんなに可愛い殿下が見られるなら、呼んでやりますとも。
「レオ……」
「自分の名前を呼ばれることがこんなに嬉しいなんて……エン、ありがとう」
そう言った殿下が破顔した。
今まで見てきた笑顔の中でも一番の笑顔に、私はクラクラした。
ああダメだ。
胸のドキドキとした鼓動が収まらない。
これって何なのだろうと、自分の胸をポンポンと叩いて確認する。
「ははは……私は天然ヒロインかよ」
気持ちのこもらない笑いをこぼし、マンガの天然ヒロインのまねごとをしながら溜め息を付いた。
分かっているよ。
こんな風に気づかないふりをして、ごまかしたとこで無理なことは……。
恋する気持ちに気づかない天然ヒロインのまねごとをしたって、もうとっくに気づいている。私は可愛くて間抜けなヒロインでは無いのだから。
私は……レオが……。