駄菓子屋さんパレット
「それじゃ、ダメもとで頼んでみるね。ワタシ、今からいらんなった本とCDとゲーム売りに行きたいねんけど、十八歳未満だと保護者の承諾書とサインが必要やろ? ワタシのママ、そういうのは許可してくれなくってさぁ。お金が絡むとか個人情報の漏洩が心配だとかなんとかだからって。レンタルビデオ店の会員になることも禁止されとんよ。そこで、タケノンに保護者、ようするにワタシのママの代わりをしてもらおうかなぁって……」
 栞はもじもじしながら、申し訳なさそうに腹を割った。
「なぁんや、そんなことか。もちろんOKや。いつも勉強で助けてもらっとうしね」
「ほっ、本当!? サンキュータケノン」
 栞は嬉しさのあまり、竹乃の両手をぎゅっと握り締めピョンピョン飛び跳ねた。
「じゃあ栞、待機しとくな」
「すまんなぁ。たぶん、ばれへんと思う。ほんじゃ行ってくるね」
 栞は売ろうとしているものが詰められたカバンを前カゴに乗せて、楽しそうに口笛を吹きながらペダルをこいで古本屋さんへ。入店すると、すぐさま買取りカウンターへ向かう。持ってきたものを全てカバンから取り出した。
「買取りですね。身分証明書と承諾書はお持ちでしょうか?」
「はい」
 栞は生徒証と買い取り承諾証明書を店員さんに手渡す。
 記載された保護者氏名と捺印は本物。しかし住所と電話番号については竹乃のおウチのものを使わせてもらった。本来ならば栞の保護者の方が署名して印鑑を押さなければならないのだが、全て栞が自筆した。丁寧な字で慎重に。
「では、保護者の方に確認をとらせていただきます。今のお時間、保護者の方はご自宅にいらっしゃいますでしょうか?」
「はい」
「それではしばらくお待ちくださいませ」
 店員さんはレジ奥のスタッフルームへと入っていく。

「お待たせしました」
 四分ほどして、店員さんが買い取りカウンターへ戻って来た。
「お母様方にご承諾が取れましたので、買取りさせていただきます」
 見事成功したようだ。続いて栞は生徒証のコピーをとられた。 
「番号札七番でお待ち下さいませ」
 栞は呼ばれるまでのしばらくの間、店内の商品を物色してみることにした。二階にあるコミックコーナーへ。
「久しぶりにこのお店来たけど、座り読み出来るコーナーもできたんか」
 栞は本棚から中古マンガ本を何冊か選んで手に取り、そこに設置されたイスに座って読み始めた。
 二〇分ほどして、
「……買い取りお待ちの番号札七番をお持ちのお客様、査定が終了致しましたので買取りカウンターまでお越し下さいませ」
 店員さんからのアナウンスが流された。
「おっ、やっとか。けっこういっぱいあったからな」
 栞は本を元の場所へと戻し、小走りでそこへと向かう。
「お待たせしました。本につきまして、こちらの一冊については汚れがひどく買取り不可となります。残りの分につきましても、色あせやページの破れが一部見られましたので買取り表表示価格の半額となります。CDの方、こちらの二枚分につきましては申し訳ございません。ケースのキズや盤表面の汚れが目立ちますので、お値段がつかないことになります。ゲームソフトが二本、マンガ本が十六冊、CDが三枚で買い取り金額合計三千五百三十円になりますが、以上でよろしいでしょうか?」
 店員さんからこの査定金額で良いかどうかを確認される。
(あっちゃあ、もっと丁寧に扱えばよかった。菓子落として汚してもうたページもあったからな。五千は軽くいくと思ったけど、まいっか。他の店でも同じやろ)
「はい」
 栞は少々不満に思いながらも承諾した。
「ではこちら、三千五百三十円になります。お確かめ下さいませ。またのご利用をお待ちしております」
 栞は受け取ったお金を財布に入れ、意気揚々とお店をあとにした。

「タケノン。うまくいったよ。はいこれ、お礼。カホミンの分も買ってあるよ」
 栞は竹乃のおウチへ戻る途中、雑貨屋さんへ立ち寄り、先ほど受け取ったお金でかわいい動物柄のアクセサリーをいくつか購入していた。
「ありがとう、気が利くね栞。果歩もきっと喜ぶよ。ところで栞、不思議なことがあるねん。電話いつまで待ってもかかってこなかったんだけど……」
「へ!? どういうこと? ちゃんと買い取ってくれたよ」
「そりゃおかしいな」
「……まあ、いっか」
「せやな。あんま深く考えん方がええかも」
 二人は、わだかまりを残したままだった。

 翌朝。
「タッ、タケノオオオオオン」
 果歩と竹乃が登校して教室に入るなり、栞がふらふらとした足取りで二人のもとへと寄って来た。
「しっ、栞。一体何があったんよ? 幽霊でも見たような顔して」
 竹乃は驚いた様子で問いかける。
「しーちゃん、大丈夫?」
 果歩も心配そうに声をかけた。
「ワタシ、ママにめちゃめちゃ叱られたぁ。昨日ウチへ帰ったらいきなりママが不気味な笑顔で廊下に立っててな、こう言ってきてん。『栞ちゃん、ママに詳しく聞かせてくれるかしら? さっき古本屋さんから、お宅の娘さんが本とCD、ゲームソフトをお売りに来ているのはご存知でしょうか? ってお電話がかかって来たの。ママはえっ!? って思ったわよ。あまりに突然のことでびっくりして思わず〝はい〟なんて答えて電話切っちゃったけど。ママはいつも口酸っぱく言ってるわよねえ? こういうことは絶対やっちゃいけないことだって……』ほんでそのあと往復ビンタ食らわされて、夕飯抜きにされて真っ暗なクローゼットに閉じ込められてされて、もうお小遣いあげないわよって言われて……」
 栞は目に涙をうるっと浮かばせながら長々と、昨日帰ってからの出来事を目に涙を浮かべながら打ち明けた。
「……たっぷりとお仕置きされたみたいやね」
「しーちゃんかわいそう」
 竹乃と果歩は深く同情し、そんな栞の頭をそっとなでてあげた。
「悪いんはワタシの方やから気にしないで。それにしてもなんで、ワタシんちにかかって来たんやろ? 謎やわぁ」
「栞ちゃん。わたしは、おそらく保護者氏名をもとにハローページを利用して住所・電話番号を調べたのだと思うの。やっぱり、こういうことは厳重に扱わなければいけないことなので」
 光子は冷静に分析する。
「あっ、その手があったか。あの店員、手の込んだまねをしてくれよるわ。まあそれが店のマニュアルなんやろうけど」
 ママからきつーく叱られたことがトラウマとなり、もう二度と古本屋にものを売りに行かないと心に誓った栞であった。
 
 その日の晩、優しいパパからの説得により、栞はママから本だけなら売っても良いよということになり、お小遣いも無事もらい続けることが出来るようになったのであった。

 第六話 梅雨真っ只中の昔遊びの楽しみ方

 六月二十八日、月曜日。今日は梅雨の時期としては珍しく、朝から雲一つない青空が広がっていた。
 ところが午後になり、急に黒い雲に覆われ始める。
 六時間目の授業が終わったあと、
「あっ、雨が降ってきたよ。置き傘しといてよかった」
「うちも折りたたみ持ってて助かったわ」
 果歩と竹乃は教室から窓の外を眺めた。
「梅雨の時期はいつ降り出すか分からないから、わたしはいつも持つようにしてるの」
「ミツリンは準備ええな。ねえミツリン、ワタシ、傘持ってないんよ。入れてーな」
「しょうがないなぁ」
 光子はため息混じりに言う。栞はそのお礼として、光子の荷物も持ってあげた。
「ぬれちゃうーっ」
「っていうかもうびしょぬれだよね」
「天気予報とちゃうやーん」
 正門から外へ出ようとしたところ、四人の目の前を小学生たちが走り去っていった。女の子が三人、ピンクのランドセルを背負って。
「ちょっと待ち、風邪引いてまうで」
 竹乃は大声で叫んで呼び止めた。女の子たちは振り返る。
「あっ、ピーピー笛のお姉ちゃんだ!」
 その中の一人が叫んだ。
「おう、あの時のお嬢ちゃんたちやんか。ちょっとあそこの下で待っとき。いいもん持ってきたる」
 竹乃はそう言って、女の子たちを校舎の軒下へ連れて行かせた。
 数十秒のち、
「これ、傘の代わりになるよ。自然の恩恵や」
 竹乃は校内の花壇に植えられていたフキの葉っぱを数枚引き抜いて戻ってきた。一枚ずつ手渡す。
「わあーい、ありがとう。ほんとに傘になるね」
「お姉ちゃんたち、また面白い遊び、教えてね」
「ええよ、どんどん教えたるで」
「あの、お姉さんたちの学校では、授業でこういうのもやっているのですか?」
 一人が、興味心身に尋ねてきた。
「これは部活動みたいなもんやな。うちらは昔遊び同好会っていうのを作って活動しとうねんよ」
「へえ、面白そうですね。あたしの学校にはそんなの無いな」
「お姉ちゃんたち、さようなら。また会おうね」
 女の子たちは葉っぱの傘をさして、とても楽しそうに帰り道を歩き進んでいく。運動靴で水たまりをピチャピチャと踏みしめながら。

「私、雨の日って大好きだな。雷はいらないけど」
 果歩は一旦帰宅したあと、すぐさまレインコートを着て長靴を履いてお外へ出た。お庭に植えられてあるアジサイなどを観察する。
「こんばんは、カタツムリさんにアマガエルさん」
 ザーザー降りの雨の中、葉っぱの上にいた生き物たちに話しかける無邪気な果歩。夏美お母さんはおウチの中から嬉しそうに眺めていた。

 第七話 果歩ちゃん、お熱を出しちゃった

 翌朝、竹乃と夏美お母さんはいつものように果歩を起こしにお部屋へ上がりこむ。
「かほ、いい加減起きなさい!」
「お母さん、私、今日しんどいの。お熱があるみたい」
 果歩は布団に潜ったままそう伝えた。
「あらそう? どうせ仮病でしょ」
 夏美お母さんは微笑みながら言う。
「あっ、おばさん、果歩、ほんまに熱ありますよ」
 竹乃は果歩のおでこに手を当ててみた。
「本当!?」
 夏美お母さんは疑いの心を持ちながらも同じようにしてみる。
「あらほんとだわ。今回は仮病じゃなかったのね」
 途端に心配になったようだ。
「うん。昨日、お外で遊び過ぎたせいかも……」
 果歩は本当にしんどそうに伝える。
「かほ、ちょっと待っててね」
 夏美お母さんは一階へ体温計を取りにいった。
「かほ、お熱計るわね」
 戻ってくると、こう伝えて体温計を果歩に近づけた。
「うん」
 果歩は自分でパジャマの胸ボタンをはずし、受け取るとわきに挟む。
 一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると、果歩はそっと取り出しお母さんに手渡した。
「37.4分ね。微熱だけど、今日はお休みした方が良さそうね」
「うん。私今日は学校休むよ」
「果歩、お大事にな。帰りにお見舞いに来るよ」
「ありがとうたけちゃん、いってらっしゃい……ケホ、ケホッ」
「果歩、これ以上酷くならんように、大人しく寝とくねんで。それじゃ、行ってくるから」
 竹乃は最後にそう忠告して、ちょっぴり寂しそうに一人で学校へ向かう。
 教室へ入ると、
「今日は果歩、風邪でお休みなんよ」
 すぐさま栞と光子に伝えにいった。
「果歩ちゃんかわいそう。わたしが代わってあげたいよ」
「まあたいした風邪やないみたいやし、明日には治っとると思うよ。昨日帰ったあと、土砂降りの中お外で遊んどったらしい」
「原因はいかにもカホミンらしいな。ワタシもお見舞いに行くね」
「わたしももちろん行くよ!」
 
 夕方五時頃、竹乃たち三人は果歩のお部屋へおじゃまさせてもらった。
「果歩、症状は落ち着いた?」
「やっほーカホミン、お熱下がった?」
「果歩ちゃん、具合はいかがですか?」
 光子は果歩のおでこに手を当てる。
「みんな心配してくれてありがとう。メロン味のお薬飲んだから、もうだいぶよくなったよ。さっきお熱計ったら、36度8分まで下がってた」
「よかった。わたしすごく心配してたよ」
「カホミン、これで明日はいっしょに学校行けるな」
「うん!」
 果歩は笑顔いっぱい。とっても機嫌良さそうだった。
「小児科連れて行くの、大変だったわ。太いお注射されるからってぎゃあぎゃあ喚いて」
 夏美お母さんは苦笑いしながら三人に伝える。
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