駄菓子屋さんパレット
「わたし、さっき栞ちゃんのおウチ行ってみたんだけど、明石の方へ行ってるって言われて。それでわたし、仲直りするのはべつに明日でもいいかなって思ったの」
「あかんあかん、すぐにせな。ますます亀裂が深まっちゃうよ。今から行こう! うちもついてったるから」
竹乃は光子の両肩をポンッと押さえて勇気付けた。
「あっ、ありがとう竹乃ちゃん、明石といえば、思い当たるスポットがあるの」
果歩も誘って、三人で明石へと向かう。
新快速の車内で、こんな打ち合わせをし始めた。
「竹乃ちゃん、これで本当にうまくいくのかな?」
「ノープロブレム。母さんのお墨付きやし。爺ちゃんも子どもの頃、友達と大ゲンカした時はいつもこいつで激しく戦い合ってあっさり仲直りしていたぞって言ってたよ」
竹乃のカバンには、ある玩具が入っていた。昨日松恵お母さんが探してくれたものだ。
「でもそれって、男の子の遊びだよね?」
「光子、そんなの関係ないって、うちら四人は昔遊び同好会の仲間やん」
「百パー仲直りできるよ、みっちゃん」
竹乃と果歩は、光子の両手を握りしめて励ました。
「ありがとう。わたし、頑張ってみるっ!」
光子は真剣な眼差しで宣言した。
三ノ宮駅を出発した新快速電車は、約十五分で明石駅に到着した。降りた三人は駅北側に広がる明石公園へと突き進む。目下、甲子園出場をかけた高校球児たちによる熱戦が繰り広げられている第一野球場の前を通り過ぎ、さらに二、三分歩いた所にあるボート乗り場へやって来た。休日ということもあり、多くの家族連れなどで賑わっていた。
「栞ちゃんは、たぶんここにいると思うの。栞ちゃんは、昔から落ち込んだ時とかにボートに乗り込んで過ごす癖があったから」
光子はこう推測した。
「そうなんだ。しーちゃんはボート好きなんだね」
「そういや、そんなこと言うてたような……栞のやつは、どこにおるんかな?」
竹乃は眩しいのかおでこに手を当てて、池の周りをぐるりと見渡す。
「あっ、光子の予想通りほんまにおった! 寝転がって本読んどるし」
遠くの方を指で差し示した。
「私にも見えたよ。しーちゃん気持ち良さそうだ」
「あ、ほんとだ。よく裸眼で見えるね。さすが2.0と1.5」
光子はバードウォッチング用の双眼鏡を使って眺めた。
三人もボートを借りて、栞のいる所へ近づいていく。
「おーい、栞」
「しーちゃん、来たよ」
「ん?」
果歩と竹乃の呼びかけに、栞はすぐさま気づき、立ち上がった。
「なっ、なんでこの場所が分かったん?」
栞は驚いているような素振りを見せる。
「!」
光子の姿を目にすると、反射的に顔をプイッと横に向けた。
「栞、聞いてや。光子はな、栞と長年友達やっとうから、栞がここにおることがすぐに分かったんやと思うねん」
「あっ、あんなやつ、もう友達やないわっ!」
栞は冷たく言い放った。光子の目はうるむ。
竹乃はさらにボートを近づけた。今、三人の乗ったボートと、栞の乗ったボートとの距離は十センチ足らず、もうほとんど引っ付いているような感じ。
「栞、今から光子をそっちにやる!」
「なっ、何言うとうねんタケノン、いらんって」
「えい!」
「キャッ、たっ、竹乃ちゃん」
竹乃は光子を抱きかかえた。そして栞側のボートの上にそっと下ろした。
「これもどうぞ」
果歩は、竹乃が持参した例の物を二つ、そちらへ投げ入れた。
「そんじゃごゆっくり。呉越同舟やな」
「頑張れ、しーちゃん、みっちゃん」
竹乃と果歩は急いでボートを操縦し、岸へと戻る。
栞と光子が乗っているボートの上。
「……おい、何やねん? せっかくくつろいどったのに」
栞は光子と目を合わさないよう、顔を横に向けたまま強く言い放った。
光子はびくびく震えている。怖がっているのだ。栞のことを。
「しっ、栞ちゃん。わたし、びっくりしたの。栞ちゃんがあんなに怒ると思わなかったから。それでわたし、思わずひどいこと言っちゃって」
光子は顔をこわばらせながらそう言って〝竹製水鉄砲〟を右手に持った。そしてすぐさま左手で綿のついた竹棒を押して、栞の顔面を目掛けて撃ったのだ。
(これで、ほんとにいいんだよね? 竹乃ちゃん)
「なっ、何すんやコラッ!」
水は、左頬の辺りに命中した。
(まっ、ますます怒らせちゃった? なっ、殴りかかってきたらどうしよう)
「栞ちゃん、ごめんなさい。あの時いきなり引っ叩いたりして」
光子は水鉄砲を持ちながら謝る。
「……もうええんよ、そんなこと。それより何やその撃ち方、全然なってへんやんか」
すると栞はくすっと笑い出したのだ。彼女も対抗して竹製水鉄砲を手に持った。
「そーれ! これくらい勢いよく押さな、全然飛ばへんやろ!」
「きゃっ、やったな栞ちゃん」
お互い撃ち合いが始まった。
顔面に勢いよくかけられた光子は撃ち返す。光子の表情も一気にほころんだ。
中の水がなくなると池のお水を入れて、さらに二人は撃ち合いを続ける。
「おう、なかなかええ戦いっぷりや。球場の熱戦とは対照的に、涼しい戦いが繰り広げられとうな」
「みっちゃんとしーちゃん、うまく仲直り出来たみたいだね」
岸から眺めていた竹乃と果歩はホッと一安心。
それから五分ほどして、二人の乗ったボートも岸へ戻って来た。
「めちゃくちゃ楽しかったーっ。小学生の頃に戻れたみたいで。気分爽快や!」
「服びしょびしょだよ。日差し強いからすぐ乾くと思うけど」
二人は仲良くおしゃべりしながらボートから降りた。
「ミツリン、じつはさ、期末最終日の前の晩にな、家庭科の先生がワタシんちに電話かけてきてん。そんで折り悪くママが出てもうてな、そのあとものすごい叱られたんよ。そんであの日はワタシ、朝からめっちゃイライラしとってん」
「そっ、そんなことがあったんだ……ごめんね栞ちゃん、わたし、そんなこと知らずにいろいろ口を酸っぱくして言ったりしちゃって」
「いやいや、その原因作ったんはワタシやし。全部ワタシが悪かったんよ。ミツリンはなんも謝ることなんてないねん。肘怪我させてゴメンな、ミツリン」
「しっ、栞ちゃん……」
栞と光子はがっちり抱き合った。仲直りの証を、明石の地で示したのだ。
「これにて一件落着やな。うち、ほんま心配してたんよ」
「しーちゃんとみっちゃん、もうケンカしちゃダメだよ。はいあーん」
果歩はそう言って、二人のお口にキャラメルを押し込んだ。
「分かったよカホミン。そういやワタシとミツリンって、よう考えてみたらすごいしょうもないことでケンカすること多いよな」
「そうだね」
栞と光子はクチャクチャ美味しそうに噛みながら、照れくさそうに言い交わす。
「ところで果歩ちゃんと竹乃ちゃんは、お互いケンカしたことってありますか?」
「ワタシもそれ気になるわ。想像はつかんけど」
「うーん、ないかなぁ……あっ、一つ思い出した! 幼稚園の頃エ○モのぬいぐるみ、たけちゃんと取り合いになったことがあったね。ケンカって言えるかどうかは微妙だけど」
「そういやあったなそんなこと。うちも今思い出したよ。首がもげてもて先生にものすごく叱られたよな」
果歩と竹乃は笑いながら楽しそうに会話を弾ませた。
四人はこのあと、近くにある天文科学館へ立ち寄って、プラネタリウムを眺めて明石をあとにしたのであった。
最終話 昔遊び同好会、本領発揮
七月十六日、金曜日。
今日は学期末大掃除。教室も、床にワックスをかけてピカピカに磨く。
「いつも思うけど、ワックスって牛乳にしか見えへんな」
竹乃はしゃがみこんで、バケツの中をじっと眺めていた。
「しーちゃん、みっちゃん。たけちゃんはね、小学生の頃、ワックスをお口に入れて、先生にものすごく叱られたことがあるんだよ」
果歩は嬉しそうに伝えた。
「タケノンったら、食いしん坊さんやな」
栞は大声で笑い出した。
「気持ちは、分からなくもないかもです」
光子も思わずくすっと笑ってしまう。
「かっ、果歩ぉ、その黒歴史あんまり言わんとってな。思い出したくない恥ずかしい思い出やねん」
竹乃の頬はほんのりピンクに染まる。
「おもらししたこと言われた仕返しだよ」
果歩は竹乃に向かってあっかんべーのポーズをとった。
「もう、果歩ったら、かわいいな」
竹乃はにこにこ微笑む。癒されていた。
「あの、みなさんに、すぐそこの楠羽小学校の校長先生から招待状が届いているのよ。今日の午後行われる全校集会で、昔の遊びを紹介してもらえないかって」
楞野先生から唐突にこんなことを伝えられ、
「マジですか? ワタシ、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな」
栞は思わず大声を出した。
「あの子たちのおる学校やな。うち、大勢の前に出たら、固まってまうかも」
「光栄なことですね。わたし、頑張りますよ」
「私も頑張らなきゃ。ひょっとしたら後輩になるかもしれないし」
四人とも不満な気持ちがありながらも、依頼を快く引き受けた。
午後一時半頃。楠羽小学校の体育館。
「本日は楠羽女子中・高等学校の昔遊び同好会のみなさんにお越しいただきました。それではどうぞ」
六〇歳くらいの校長先生はマイクを使って穏やかな口調で申された。四人は緊張した足取りで舞台裏から演台に向かった。
「えっと、楠羽小の全校児童のみなさん、うっ、うちは、同好会長の武貞竹乃と言います。本日はよろしくね」
会長の竹乃が代表してご挨拶。
四人は六百名近い全校児童の目の前で、昔遊びの定番ともいえる竹とんぼやけん玉、糸巻きゴマ、だるま落としなどを披露してあげた。
竹乃は緊張しながらも見事失敗することなく披露したけん玉の大技『世界一周』は特に大好評だったようで、拍手がなかなか鳴り止まなかったほどだ。
全校集会が終わったあと、四人は校長室へ呼ばれた。
「この度、貴女がたを本校へお招きしようと思ったのは、楠羽高には昔遊び同好会というユニークな同好会があると本校の児童たちからお聞きしたからなのです。今時の若い子たちは、生まれた頃からインターネットや携帯ゲーム機、スマホといったものに慣れ親しんでいることもあり、こういった遊びには触れる機会がほとんどないことでしょう。そんな時代の中、昔の遊びをご愛好しておられる貴女方は、わたくしの目にたいへん素晴らしく映っております。貴女がたの本日の公演は、きっと児童たちの心に響くものを残したと思いますよ。本日はお忙しい中ご来校いただき、誠にありがとうございました」
校長先生は四人にしみじみと述べ、感謝の意を示された。
「いえいえ。うちら、それほど大した活動はしてないのにご招待して下さって、こちらこそ恐縮しています」
竹乃は照れくさそうに言いながらも、心の中ではとても嬉しがっていた。
夕方、帰り道。
「私、竹とんぼも上手く飛ばせなくて恥ずかしい思いしたけど、すごく楽しかった」
「うちもすんごいガチガチやったけど、またやりたいなって思ったよ。小学生たちにあんなに喜んでもらえてめっちゃ嬉しかったし。それにしても光子、だるま落としとコマ回し、ものすごい上手かったな。うちよりも上手いし。いつ練習したん?」
「わたし、今までそういう遊びはほとんどやったことはないけど、慣性の法則とか、ジャイロ効果とか、遠心力のことを頭の中で意識しながら、理論的にうまくいくような方法を使ってみたの」
「昔遊びにも物理学か。全部勘でやっとううちとは違うな」
「ワタシも物理学応用してみたんやけど、実践では上手くいかんかった。ミツリンにはいろいろ適わないや」
栞は尊敬の眼差しで光子のお顔を眺める。
「もっ、もう栞ちゃん。恥ずかしいな……」
光子は頬をほんのり夕焼け色に染めた。
エピローグ
七月二十日、火曜日。
今日は果歩たちの通う学校の一学期終業式。蒸し風呂のようになっている体育館内に中高合わせ一四〇〇名近い全校生徒と、先生方が一同に集う。
校長先生が開式の挨拶をされたあと、校歌斉唱が行われ、
「あかんあかん、すぐにせな。ますます亀裂が深まっちゃうよ。今から行こう! うちもついてったるから」
竹乃は光子の両肩をポンッと押さえて勇気付けた。
「あっ、ありがとう竹乃ちゃん、明石といえば、思い当たるスポットがあるの」
果歩も誘って、三人で明石へと向かう。
新快速の車内で、こんな打ち合わせをし始めた。
「竹乃ちゃん、これで本当にうまくいくのかな?」
「ノープロブレム。母さんのお墨付きやし。爺ちゃんも子どもの頃、友達と大ゲンカした時はいつもこいつで激しく戦い合ってあっさり仲直りしていたぞって言ってたよ」
竹乃のカバンには、ある玩具が入っていた。昨日松恵お母さんが探してくれたものだ。
「でもそれって、男の子の遊びだよね?」
「光子、そんなの関係ないって、うちら四人は昔遊び同好会の仲間やん」
「百パー仲直りできるよ、みっちゃん」
竹乃と果歩は、光子の両手を握りしめて励ました。
「ありがとう。わたし、頑張ってみるっ!」
光子は真剣な眼差しで宣言した。
三ノ宮駅を出発した新快速電車は、約十五分で明石駅に到着した。降りた三人は駅北側に広がる明石公園へと突き進む。目下、甲子園出場をかけた高校球児たちによる熱戦が繰り広げられている第一野球場の前を通り過ぎ、さらに二、三分歩いた所にあるボート乗り場へやって来た。休日ということもあり、多くの家族連れなどで賑わっていた。
「栞ちゃんは、たぶんここにいると思うの。栞ちゃんは、昔から落ち込んだ時とかにボートに乗り込んで過ごす癖があったから」
光子はこう推測した。
「そうなんだ。しーちゃんはボート好きなんだね」
「そういや、そんなこと言うてたような……栞のやつは、どこにおるんかな?」
竹乃は眩しいのかおでこに手を当てて、池の周りをぐるりと見渡す。
「あっ、光子の予想通りほんまにおった! 寝転がって本読んどるし」
遠くの方を指で差し示した。
「私にも見えたよ。しーちゃん気持ち良さそうだ」
「あ、ほんとだ。よく裸眼で見えるね。さすが2.0と1.5」
光子はバードウォッチング用の双眼鏡を使って眺めた。
三人もボートを借りて、栞のいる所へ近づいていく。
「おーい、栞」
「しーちゃん、来たよ」
「ん?」
果歩と竹乃の呼びかけに、栞はすぐさま気づき、立ち上がった。
「なっ、なんでこの場所が分かったん?」
栞は驚いているような素振りを見せる。
「!」
光子の姿を目にすると、反射的に顔をプイッと横に向けた。
「栞、聞いてや。光子はな、栞と長年友達やっとうから、栞がここにおることがすぐに分かったんやと思うねん」
「あっ、あんなやつ、もう友達やないわっ!」
栞は冷たく言い放った。光子の目はうるむ。
竹乃はさらにボートを近づけた。今、三人の乗ったボートと、栞の乗ったボートとの距離は十センチ足らず、もうほとんど引っ付いているような感じ。
「栞、今から光子をそっちにやる!」
「なっ、何言うとうねんタケノン、いらんって」
「えい!」
「キャッ、たっ、竹乃ちゃん」
竹乃は光子を抱きかかえた。そして栞側のボートの上にそっと下ろした。
「これもどうぞ」
果歩は、竹乃が持参した例の物を二つ、そちらへ投げ入れた。
「そんじゃごゆっくり。呉越同舟やな」
「頑張れ、しーちゃん、みっちゃん」
竹乃と果歩は急いでボートを操縦し、岸へと戻る。
栞と光子が乗っているボートの上。
「……おい、何やねん? せっかくくつろいどったのに」
栞は光子と目を合わさないよう、顔を横に向けたまま強く言い放った。
光子はびくびく震えている。怖がっているのだ。栞のことを。
「しっ、栞ちゃん。わたし、びっくりしたの。栞ちゃんがあんなに怒ると思わなかったから。それでわたし、思わずひどいこと言っちゃって」
光子は顔をこわばらせながらそう言って〝竹製水鉄砲〟を右手に持った。そしてすぐさま左手で綿のついた竹棒を押して、栞の顔面を目掛けて撃ったのだ。
(これで、ほんとにいいんだよね? 竹乃ちゃん)
「なっ、何すんやコラッ!」
水は、左頬の辺りに命中した。
(まっ、ますます怒らせちゃった? なっ、殴りかかってきたらどうしよう)
「栞ちゃん、ごめんなさい。あの時いきなり引っ叩いたりして」
光子は水鉄砲を持ちながら謝る。
「……もうええんよ、そんなこと。それより何やその撃ち方、全然なってへんやんか」
すると栞はくすっと笑い出したのだ。彼女も対抗して竹製水鉄砲を手に持った。
「そーれ! これくらい勢いよく押さな、全然飛ばへんやろ!」
「きゃっ、やったな栞ちゃん」
お互い撃ち合いが始まった。
顔面に勢いよくかけられた光子は撃ち返す。光子の表情も一気にほころんだ。
中の水がなくなると池のお水を入れて、さらに二人は撃ち合いを続ける。
「おう、なかなかええ戦いっぷりや。球場の熱戦とは対照的に、涼しい戦いが繰り広げられとうな」
「みっちゃんとしーちゃん、うまく仲直り出来たみたいだね」
岸から眺めていた竹乃と果歩はホッと一安心。
それから五分ほどして、二人の乗ったボートも岸へ戻って来た。
「めちゃくちゃ楽しかったーっ。小学生の頃に戻れたみたいで。気分爽快や!」
「服びしょびしょだよ。日差し強いからすぐ乾くと思うけど」
二人は仲良くおしゃべりしながらボートから降りた。
「ミツリン、じつはさ、期末最終日の前の晩にな、家庭科の先生がワタシんちに電話かけてきてん。そんで折り悪くママが出てもうてな、そのあとものすごい叱られたんよ。そんであの日はワタシ、朝からめっちゃイライラしとってん」
「そっ、そんなことがあったんだ……ごめんね栞ちゃん、わたし、そんなこと知らずにいろいろ口を酸っぱくして言ったりしちゃって」
「いやいや、その原因作ったんはワタシやし。全部ワタシが悪かったんよ。ミツリンはなんも謝ることなんてないねん。肘怪我させてゴメンな、ミツリン」
「しっ、栞ちゃん……」
栞と光子はがっちり抱き合った。仲直りの証を、明石の地で示したのだ。
「これにて一件落着やな。うち、ほんま心配してたんよ」
「しーちゃんとみっちゃん、もうケンカしちゃダメだよ。はいあーん」
果歩はそう言って、二人のお口にキャラメルを押し込んだ。
「分かったよカホミン。そういやワタシとミツリンって、よう考えてみたらすごいしょうもないことでケンカすること多いよな」
「そうだね」
栞と光子はクチャクチャ美味しそうに噛みながら、照れくさそうに言い交わす。
「ところで果歩ちゃんと竹乃ちゃんは、お互いケンカしたことってありますか?」
「ワタシもそれ気になるわ。想像はつかんけど」
「うーん、ないかなぁ……あっ、一つ思い出した! 幼稚園の頃エ○モのぬいぐるみ、たけちゃんと取り合いになったことがあったね。ケンカって言えるかどうかは微妙だけど」
「そういやあったなそんなこと。うちも今思い出したよ。首がもげてもて先生にものすごく叱られたよな」
果歩と竹乃は笑いながら楽しそうに会話を弾ませた。
四人はこのあと、近くにある天文科学館へ立ち寄って、プラネタリウムを眺めて明石をあとにしたのであった。
最終話 昔遊び同好会、本領発揮
七月十六日、金曜日。
今日は学期末大掃除。教室も、床にワックスをかけてピカピカに磨く。
「いつも思うけど、ワックスって牛乳にしか見えへんな」
竹乃はしゃがみこんで、バケツの中をじっと眺めていた。
「しーちゃん、みっちゃん。たけちゃんはね、小学生の頃、ワックスをお口に入れて、先生にものすごく叱られたことがあるんだよ」
果歩は嬉しそうに伝えた。
「タケノンったら、食いしん坊さんやな」
栞は大声で笑い出した。
「気持ちは、分からなくもないかもです」
光子も思わずくすっと笑ってしまう。
「かっ、果歩ぉ、その黒歴史あんまり言わんとってな。思い出したくない恥ずかしい思い出やねん」
竹乃の頬はほんのりピンクに染まる。
「おもらししたこと言われた仕返しだよ」
果歩は竹乃に向かってあっかんべーのポーズをとった。
「もう、果歩ったら、かわいいな」
竹乃はにこにこ微笑む。癒されていた。
「あの、みなさんに、すぐそこの楠羽小学校の校長先生から招待状が届いているのよ。今日の午後行われる全校集会で、昔の遊びを紹介してもらえないかって」
楞野先生から唐突にこんなことを伝えられ、
「マジですか? ワタシ、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな」
栞は思わず大声を出した。
「あの子たちのおる学校やな。うち、大勢の前に出たら、固まってまうかも」
「光栄なことですね。わたし、頑張りますよ」
「私も頑張らなきゃ。ひょっとしたら後輩になるかもしれないし」
四人とも不満な気持ちがありながらも、依頼を快く引き受けた。
午後一時半頃。楠羽小学校の体育館。
「本日は楠羽女子中・高等学校の昔遊び同好会のみなさんにお越しいただきました。それではどうぞ」
六〇歳くらいの校長先生はマイクを使って穏やかな口調で申された。四人は緊張した足取りで舞台裏から演台に向かった。
「えっと、楠羽小の全校児童のみなさん、うっ、うちは、同好会長の武貞竹乃と言います。本日はよろしくね」
会長の竹乃が代表してご挨拶。
四人は六百名近い全校児童の目の前で、昔遊びの定番ともいえる竹とんぼやけん玉、糸巻きゴマ、だるま落としなどを披露してあげた。
竹乃は緊張しながらも見事失敗することなく披露したけん玉の大技『世界一周』は特に大好評だったようで、拍手がなかなか鳴り止まなかったほどだ。
全校集会が終わったあと、四人は校長室へ呼ばれた。
「この度、貴女がたを本校へお招きしようと思ったのは、楠羽高には昔遊び同好会というユニークな同好会があると本校の児童たちからお聞きしたからなのです。今時の若い子たちは、生まれた頃からインターネットや携帯ゲーム機、スマホといったものに慣れ親しんでいることもあり、こういった遊びには触れる機会がほとんどないことでしょう。そんな時代の中、昔の遊びをご愛好しておられる貴女方は、わたくしの目にたいへん素晴らしく映っております。貴女がたの本日の公演は、きっと児童たちの心に響くものを残したと思いますよ。本日はお忙しい中ご来校いただき、誠にありがとうございました」
校長先生は四人にしみじみと述べ、感謝の意を示された。
「いえいえ。うちら、それほど大した活動はしてないのにご招待して下さって、こちらこそ恐縮しています」
竹乃は照れくさそうに言いながらも、心の中ではとても嬉しがっていた。
夕方、帰り道。
「私、竹とんぼも上手く飛ばせなくて恥ずかしい思いしたけど、すごく楽しかった」
「うちもすんごいガチガチやったけど、またやりたいなって思ったよ。小学生たちにあんなに喜んでもらえてめっちゃ嬉しかったし。それにしても光子、だるま落としとコマ回し、ものすごい上手かったな。うちよりも上手いし。いつ練習したん?」
「わたし、今までそういう遊びはほとんどやったことはないけど、慣性の法則とか、ジャイロ効果とか、遠心力のことを頭の中で意識しながら、理論的にうまくいくような方法を使ってみたの」
「昔遊びにも物理学か。全部勘でやっとううちとは違うな」
「ワタシも物理学応用してみたんやけど、実践では上手くいかんかった。ミツリンにはいろいろ適わないや」
栞は尊敬の眼差しで光子のお顔を眺める。
「もっ、もう栞ちゃん。恥ずかしいな……」
光子は頬をほんのり夕焼け色に染めた。
エピローグ
七月二十日、火曜日。
今日は果歩たちの通う学校の一学期終業式。蒸し風呂のようになっている体育館内に中高合わせ一四〇〇名近い全校生徒と、先生方が一同に集う。
校長先生が開式の挨拶をされたあと、校歌斉唱が行われ、