【漫画シナリオ】愛を知らないままの君に、心を盗まれるまで。
1話
◯和室
男「〜〜〜そこで私が言ってやったのです!」
椿「……あはは……」
男「その後、そやつはそれはもう大慌てで逃げて行き〜〜〜」
椿(早く終わってくれないかしら……!?)
◯回想 廊下を歩いている時
要「……この部屋です」
椿「ええ」
付き人でもあり、実質友人のような存在である要が、私をある和室に案内する。
その部屋には、2人分の食事が並んでいる。
椿(あれ……この感じ……嫌な予感が……)
そそくさと出て行こうとした要の袖を勢いよく引っ張り戻して、グッと顔を近づける。
椿「ねぇ、お見合いならしないと言ったわよね?」
冷や汗を大量に流しながら目を泳がせる要。
要「これはですね、椿様のお父様が……」
ごにょごにょとくちごもる要。背の高い要だけど、椿に怒られている時だけは、まるで子犬のように縮こまってしまうのだ。
見えないはずの耳が、シュンと垂れ下がっているよう。
椿「私は結婚をする気がないの。それも、誰かに選ばれた相手なら、なおさらよ!」
まあまあ、と宥めようとする要を突き返して部屋を出て行こうとする。
要「ちょ、おい、待てって椿!」
トッ……と、椿の肩を掴んで、椿を引き留めようとする要。
要(まずいぞ、あの父さんに怒られちまう)
椿「主人に軽率な言葉遣いよ、改めなさい」
すると椿は、くるりと振り向いたかと思うと、パシリと要の手を払いのけて、キッと睨みつけた。
要「……へーい」
少しの沈黙の後、少々不機嫌そうに唇を尖らせた要。
要(主人と付き人、ねぇ……)
椿「とにかく、自分の相手は自分で決めると心に決めているの」
そこまで言って、椿の脳裏に昨夜のことがよぎる。
◯回想の中の回想 昨夜の場面
虎之介「あなたの心を盗みに来ました」
椿「……私の心を……?」
虎之介「もちろんですよ、椿お嬢様」
椿「っ……どうして……」
虎之助「また、ここへ来てもよいですか?」
椿は、ほとんど無意識にこくりと頷く。
彼から醸し出される吸い込まれるような雰囲気に呑まれてしまいそうだ。
そこで、ハッとして「お待ちください!」と声を発する。
椿(まだ、名前……聞いてない……)
虎之介は人差し指を静かに口元へ持っていき、首を傾げる。
虎之介「虎之介、だ」
次の瞬間には、窓辺に立っていたはずの彼の姿は見当たらず。
さっきと何も変わらない丸くて大きな月が映るだけだった。
◯回想に戻る
要「椿様?いかがなさいましたか」
少し頬を赤くした椿の顔を覗き込むように、要が顔を寄せてくる。
椿「っ、いいえ。なんでも」
パッと顔を背ける椿に、要は「……?」と首を傾げた。
要(コイツ、顔赤……)
要「ほんとにー?」
椿は、ジロジロと怪しげな視線を向けてくる要の頭を軽くはたくと、再び和室に入った。
椿(今ここで帰ろうとすれば、要に変だと思われる。昨夜のことで頭がいっぱいだということを)
平常心、平常心。
そうよ、最終的にお断りすればいいのだから。それまではお話をして、美味しいご飯をたべるだけよ。
そう思い直した椿は、くるりと要を振り向いて言った。
椿「話だけでもすればいいのでしょう」
そう言えば、安心したように腰に手を当てる要。
要「ふぅー、よかったぁ……」
要(これであの父さんに怒られることはねーな……)
椿「まったく……」
ため息を着きたいのはこっちよ、とでも言いたげな視線を要に送るけれど、要は気まずそうに口笛を吹きながらいそいそと部屋を出て行った。
◯お見合い中
こうして、今に至る。
男「どういたしましたか?椿さん?もしかして、私の話がつまらなかったでしょうか?」
心配そうに首を傾げ、私の顔を覗き込んでくる男に、椿は慌てて笑みを作った。
椿「あぁ、いえ。とても面白い話ばかりで、思わず聞き入ってしまいました」
椿(気が抜けないわ……)
男「それはよかった!」
「それで〜」と話を続ける男に、げっそりとして笑みを浮かべ続ける椿。
椿(あぁ、彼と話している時は、こんな気持ちにはならなかったのに)
そう思う椿の頭の中は「虎之介」と名乗った彼のことで頭がいっぱいだった。
椿(今夜も、来てくださるのかしら……)
そのままぽーっと時間が過ぎるのをただ待っていると、いつのまにか時間は経っていたようで。
男「それでは、今日はこの辺で……」
そう言ってスッと立ち上がった男。
椿「短い間でしたが、とても良い時間をありがとうございました」(やっと終わった……)
ニコニコの笑顔で軽く頭を下げる椿。
男「あの、この件、真剣に考えてくださいますよね?」
ほおを染めてそう言う男が、一歩、椿に近づいてくる。
椿「え、えぇ。前向きに考え、後日また……」
男「今!結婚いたしましょう」
男が素早く椿の手首を掴む。
椿「えっ……」
その瞬間、ぐるりと反転する椿の視界。
そして、目を開けると、視界には天井ではなく男の顔。
ふー、ふーっ……と、荒い鼻息を立てながら、椿のことを押し倒していたのだ。
椿「ちょ、やめてくださ……っ」
あまりの恐怖で、思うように声が出ない。
あ、やばい……そう感じるとともに、するりと着物の隙間から男の手が入ってくる。
椿(何……!?どうして急に……)
「ずっと考えていたんだ。この小さな体を愛でたいと……」
ニヤニヤと笑って、椿の体を舐め回すかのように見る男。
恐怖で椿の体が震えて、涙がポロポロと溢れてくる。
それに、男にしっかりと手首を押さえつけられていて身動きもとれない状況。
椿(誰か……)
ギュッと目を瞑ったその時だった。
ヒュッ……!と、空気をさくかのような鋭い音がすぐそばを掠める気配がするとともに、男の「なっ、なんだ……!」という焦ったような声。
そして、もう一度、今度ははっきりと目に見えた。
手のひらサイズほどの黒いものが、目の前を勢いよく通り過ぎて、障子を突き破ったのだ。
そして、すぐそばの畳には……。
男「チッ、忍びか……!」
男は、悔しそうにそんなことを呟くと、バタバタと慌ただしく逃げて行った。
それと入れちがうように、要が部屋に入ってきて、私の姿を一目見て目を丸くする。
要「椿……っ」
ボロボロと涙で頬を濡らす私に駆け寄って、悔しそうな表情をする要。
そして、抱きしめようとしたのを堪えるかのように、要はギュッと手のひらを固く握りしめた。
そんな要の脳裏には先ほどの、椿との会話___椿と要は主人と付き人であると思い知らされた場面がよぎっていた。
要「つばき、様___」
椿「要……っ」
要「っ、」
あまりの怖さに、要に抱きつく椿。
要は、椿の背中に手を回すか一瞬迷った素振りを見せたものの、やがて控えめに、椿の腰に手を回した。
そして、要の視界に、あるものが入る。
要(___手裏剣)
まさか、と目を見開くと、キョロキョロとあたりを見回す要。
要(もしかして、あいつが?)
要(いや、まさかな。そんなはずは___)
要は再び、畳に突き刺さる黒塗りの手裏剣を睨むように見据えた。
要(アイツがいるのだとしたら……)
物陰では、虎之介は、椿と要が合流して抱き合っているのを確認すると、静かに姿を消した___。