【漫画シナリオ】愛を知らないままの君に、心を盗まれるまで。
2話
◯自室
あれから、数日が経った。
椿は、窓の柵に手をかけ、ぼー……っと外の様子を眺めていた。
椿(今日も、来て下さらないのかしら……)
虎之介さんはあれ以来、姿を見せていない。
虎之介『また、ここへ来てもよいですか?』
そう言っていた彼の姿が頭をよぎる。彼にとっての「また」がいつなのか、私にはわからない。
ただ……。
椿(あの瞬間、あなたが私の手を取ったその瞬間に)
椿は少しほおを染めて、手のひらをきゅっと握りしめ、胸の前に置いた。
椿(私の心は、すでに盗まれそうになっていた……)
椿「……虎之介、さん」
ぽつりと、そう名前を呼んでみる。
初めて口にする名前。
椿(今から、誰も見ていないし聞いてもいないはず)
椿「虎之介さん、もう一度お会いしたいわ___」
虎之介「お呼びのようで」
椿「っ……!」
まるで祈るかのようにそう呟くと、耳元で聞こえたあの声。
見れば、虎之介は窓枠にしゃがみ込んでいた。
虎之介「椿お嬢様、夜の旅へ行こう」
椿「へ……?」
虎之介は立ち上がり、手を差し伸べる。
虎之介「俺しか知らない、いい場所に連れて行ってやる」
あの時と同じ……。
まるで吸い込まれるように、無意識に。
彼の言葉を、否定することができない……。
虎之介を手を控えめに握る椿。
すると、虎之介は、フッと笑ってから一気に椿を姫抱きにした。
椿「ひゃっ……」
虎之介「ちゃんと俺に、捕まってて」
彼の言う通り、椿は彼の腰に手を回すと、虎之介は、勢いよく地面をけった。
それとともに、ふわっと空を飛ぶ感覚。
そして、少し歪な形の月をバックに、まるで空を飛ぶ鳥のように影がうつった。
椿「飛んで……!?」
虎之介「俺は忍びだから、空くらいとべるさ」
椿(忍び……?)
椿の頭に、先日男に襲われそうになった時の状況が蘇る。
男『チッ、忍びか……!』
そう言って逃げて行った男。
そして、畳に突き刺さっていた手裏剣。
椿(もしかして……)
椿は驚いたように顔を上げると、虎之介は目を細めて、人差し指を唇に当てた。
虎之介「ここから先は、男のプライドというものがあるのでね。肯定も否定もしないさ」
椿(やっぱり)
(あの時、男に襲われそうになった時に助けてくださったのは、虎之介さんだったのね……)
椿「ありがとう……」
虎之介「いーえ」
虎之介は、椿に気づかれない程度の微かな笑みを浮かべた。
◯森の中の、開けたスペース
椿「わぁ……っ」
うっとりとした表情を浮かべ、上を見上げる椿。
そんな椿の視線の先には、紺碧色の空に散りばめられた無数の星があった。
キラキラと輝いていて、天の川までもが見えた。
虎之助は、そんな椿を見て微笑む。
虎之介「絶景だろう」
虎之助がそう聞くと、勢いよく頷く椿。
椿「はいっ……とっても……!」
そんな椿のキラキラとした表情に、少しほおを染めて視線を逸らす虎之介。
虎之介(思わず抱きしめてしまいそうだ)
(閉じ込めてしまいたいほどの輝く笑顔___)
(華奢な体___
(声すらも)
虎之介「綺麗だ」
虎之介がそう言うと、何を勘違いしているのやら、椿は勢いよく頷いた。
椿「本当に綺麗です……。ずぅーっと見ていたいくらい……」
虎之介は、目を潤ませる椿の手を静かにとって、口を開いた。
虎之介「俺は、あなたのことをずっと見ていたい」
チュ……と、椿の手の甲に口付けをする虎之助。
椿は、頬を赤く染めて、虎之介のことを見つめている。
虎之介「あなたの心を盗みたい」
月夜に照らされた地面に映る影には、虎之介と椿、2人の影が、くっきりと映っていた___。
◯その頃、椿の部屋
コンコン、と、扉をノックする音。
しかし、シーン……としていて、なんの応答もない。
要「椿様ー?入ってもいいですかー?」
もう一度、コンコン……と扉をノックする。
やはり応答はない。
要(寝てるのか……?)
椿「入りますよー?」
カチャリと静かにドアノブを回し、部屋に入る虎之介。
要「……は?」
要が、あっけに取られたように声を出す。
その視線の先には、空っぽの椿の部屋。寝ていると思った椿はおらず、ベッドは綺麗なまま。
そして極め付けに、全開にされた窓と、夜風に揺られるカーテン。
要「椿……?」
(どういうことだ……)
(なんでいない?)
要は、しばらく考えた後、ハッとしたようにポツリと呟いた。
要「……虎之介、なのか……?」
◯要の回想、燃え盛る炎の中
虎之介「自分の身は自分で守れ。男の体は、女を守るためにある」
姫抱きにされた状態で、そう言う虎之介。要は、ギュッと拳を握りしめた。
◯回想おわり
要は、あの時と同じように、ギュッと拳を握りしめた。
◯開けた森の中のスペース
あれから、数十分がたった。
虎之介「そろそろ帰ろう」
椿「えっ」
虎之介がそう言うと、とても残念そうにシュンとする椿。
椿(あっという間だった……。もう帰らなければいけないの……?)
椿は、チラリと虎之介を上目遣いで見上げる。
椿「もう少しだけ、一緒にいたい……です……」
自分で言っておきながら、カァァ……と赤く染まっていく椿の頬。
虎之介「……あぁ、俺も一緒だ。しかし、もうすぐ君の付き人が大慌てで君を探しに外へ出ようとしているんじゃあないか?」
椿「はっ」
椿(本当だ……要の存在をすっかり忘れていたわ……!要、私がいないことに気づいているかもしれない)
椿「そう、ですね……。帰らなければ」
寂しげな笑顔を浮かべて、虎之介に頷きかける。
そんな椿を、虎之介はジッと見ていたかと思えば、突然目を塞がれる。
真っ暗になる視界。
そして、その瞬間。
チュ……と、頬に柔らかいものが当たる感覚。
椿(なにが起きて……)
明るくなった視界に目を細めると、そこは、すでに自分の部屋だった。
まるで何もなかったかのように、静まり返っている。
キョロキョロとあたりを見回すけれど、虎之介の姿はない。
その瞬間。
虎之介「女性の唇は盗まない、そう決めてるんでね」
耳元で、そうささやく虎之介の声が聞こえた。
パッと振り向くけれど、やはり虎之介はいなくて。
椿(あぁ、行ってしまったんだ……)
椿は、虎之介にキスされた頬にそっと触れる。
椿(あなたになら、盗まれてもよかったのに)
そんなことを思っている自分がいた___。